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子供の自分の友達
あのころは見えていた。確実に目の前に。
もう世間では大人として扱われる。必要最低限の資金の調達に明け暮れる。いつものようにありもしない御託でつらつらと並べ立てて脅してくる大人に向かって頭を下げる。
「疲れたあ…」
帰りの空は茜に燃えた。急な寒さで透き通る空気。澄んだ先には綺麗な色が広がっていた。
「…そうか、あの時もこんな空だったっけ」
「このまま帰りたくない…」
ランドセルは泥で汚れきった。親には友達と言っている同級生に塗りたくられるこの汚れ。毎日のようにこのまま帰ると親に叱られる。逃げ切れるわけが無い。だって、いつの間にか鞄を奪われるのだから。『鈍臭い』『面白い』そんな言葉で、つけられる泥は、自分の心にもつけられている気がしてくる。すぐさま、無かったことに。今すぐに洗い流したい。運良く流れている小さな川に走っていった。思いっきり中身を出して、無理くりにでも流れに任せて洗い去る。罪悪感に苛まれた。
「そんなに汚されて可愛そう」
首を大きく回して周りを見ても誰も居ない。
「ん?何探してるの?」
すぐ横から聞こえてくる。洗い終わったランドセルを持ち上げると同時に見つめた。白いワンピースの女の子。僕と同じくらいの女の子。そっと僕を見て笑っていた。
「そろそろ日が暮れるよ?帰ったら?」
女の子が諭す。驚きのせいで言われるまま、川から離れて家路に着いた。後々気づく。あの子も帰らなくては行けないはずでは?そんなことより、親に遅くなって怒られる方が怖い。出てきた疑問はどこかへ消えた。
次の日もその次の日も、ランドセルは汚された。
毎日毎日川へ行った。毎日毎日、女の子がそこにいた。特に会話はしなかった。ただ、帰りなと諭された。僕はただ、それに従った。誰にも話さない。話せる人がいないから。
いつしか季節は写り続ける。寒くなる頃に君と会い、ピンクの花が咲き乱れる季節になった。
僕は泥をつけてくる子達と違う教室になる。今日がきっと最後のランドセル洗う日。
川はいつもより賑やかだった。
「ここね、どうやら道路になるみたい」
君が僕に笑いかけながら言う。
「小さい川だから、埋め立てて道路にするんだって」
そうなんだ。としか言えない。ぼくにはわからない世界だった。
「ほら、そろそろ帰りな?」
君は言う。分かったと頷いて坂を上がる。
後ろから小さく、「またね」と聞こえた気がした。
次の日からランドセルを汚されることが無くなった。洗える川もなくなった。どうやら、大人たちが川に土を入れて水が来ないようにしたらしい。降りることさえ出来なくなった。それを境に、僕もそこには行かなくなった。
「あの子はきっと…」
大人になって、色々といらない知識が着いてくる。イマジナリーフレンド、霊感、精霊、化身。色々と調べれば該当するものが出てくるのかもしれない。久々に帰ると君がいた場所はすっかり、走り屋の遊び場だった。
できることならまた会いたい。そして、次こそちゃんと話したい。
「君も人に振り回されて、1人だったんだね」
なんて、大人びな話を。
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