極刑

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極刑

 私は有罪判決、死刑を求める。死を持って償う覚悟はずっとこの胸の中に深く根付き、終わりに流れる水分を吸い華を開く。目の前に広がる机の数々に私の生きた道に登場した者達が静かに居る。  私の事を鋭い弾丸で睨み蔑む。そして愛情の芽を出している。  過去から未来へ移行する針の軋む雑音は、誰しもが聞く耳を持たずに黄昏へ急ぐ。多方面に広がる自動車会社の思惑通りに作り出された蜘蛛の巣をどうしたことか、歩く気にさえならず、座り込んだ。周りの者は、静かに、己の順路を狂わずに進行方向へ闊歩する。相違を繰り返す人間関係の満ち干きは、差し障りのない笑い話に昇華されていた。  そんな世界が私は嫌いなのだ。  瞳に力と無念を込めて、罪を裁くこの棺桶に身を委ねる。多種多様の出会いと交わりを証言者達と紡いだ。真四角に整えられた祭壇の上でただ私は後ろ手に枷をはめ、苦し紛れの溜息を漏らす。空気の抜けたタイヤなど、燃費が悪くて進むことすら許されない。我が道を走るにもトランクに、スペアなど乗っていないのだ。  ここで止まるのが正解である。 止まったら最後、雨風に弄ばれて腐り錆びて崩れ落ち、熱に侵され発火する。跡形もなく消えれば私の願う未来に繋がる。  証言者が次々と私に向かって立ち始める。何があったかなどここにいる者立ちにはすぐわかるアルバムの色褪せたフィルム写真なのだ。引っ張り出すのは容易にできる。過去など世界五分前仮説では、誰かに作り込まれた物とされ、実際には体験していないとされている。それなら、どうして私はこうして、死を愛し、待ち望んでいるのだろうか。過去程、存在証明の眼点であるべき姿だ。 「君に私は嘘をついたのだ」  吐き捨てる様に言い放つ。私から出る言葉の水飛沫は否定を求めて飛び散った。息と共に砕け散る思いの破片。瞬く間に、私の耳にも到達する。聞こえた頃には、自分の醜さに怒りの沸点は最高値まで到達した。どうか、私に罪を償わせてくれ。その思考は、新しい未来の扉を叩き続ける。  しかし、君には届くことは無かった。 「もう許したのよ」  求めてもいない羽毛の布団のような包み込む感情は、私の気持ち悪い所へ張り付いて離れることを拒んだ。猛烈なる吐き気とやるせなさ。風が吹き荒れ、曇天が私の頭上を支配する。やめてくれ、私は死を持って君達に謝罪の意を示すつもりなのだ。 「君を私は裏切ったのだよ」  いつしか、会うことも無くなった君が目の前に居る。あの時、嘘を着ぐるみとし、君を庇うという名目で、私は逃げた。君に合わせる顔などない。嘘ほど、心に響く毒薬はないのだ。 それを君に強引に喉に垂らしこんだ。そろそろ心臓の音が止まるだろうと思った頃には、君は別の者と笑っていた。  君の未来を捩じ伏せ、誤魔化し、亡き者にした。  どうだ。これで私は悪役になりきれた。 嘲笑とともに怒りをぶつける。刃の束は君の心に突き刺さる。ことも無く掴み捨てられた。ねじ曲がる熱い鉄は、もう使い物にはならない。 「僕への優しさのためだよね?」  父の悟りを感じ取れるほどの慈しみを私に投げつける。苦し紛れに閉ざした心に入り込んでくる。  君の悪い性癖の弾丸は装甲もない中心部へと着地する。私が投げた物よりも抉りとる。辞めろ、このまま、全てを捨てて消えることを望んでいる。  証言の時間は終わった。私に一言を求める声がする。一人、無言の時間を続けた。話す理由などない。ここの者は全て私を許そうとする。それがとてつもなく、気持ち悪く不快で聞く耳さえ持たない君達に嫌気がさすだけだ。黙っていた方が身のためなのだ。何も知らないくせに、のうのうと、私に声をかけるな。黙ることを覚えたまえ。そう叫びそうになる狼の遠吠えは、月に届くことも無く、仲間に聞かれることも無く、孤独を強調させた。  遠くでハンマーの音が聞こえてきた。もう時間だ。そろそろ私に判決が下される。数多くの縁の声を聞き、私はふと過去を振り返る。  一人をずっと選んでいたのに、何故ここに大人数が集まるのだろうか。 『生きることこそ、極刑に位置する。 苦しみながら生きることを私達は君に告げよう』  笑いながら、希望の顔で裁判長は私に言う。声も顔も、面影も全てが私のあわせ鏡だ。つまらなそうに、私の考えはすぐ分かると、気高い精神で首を絞めに来る。苦しさと寒気は私に与えてくれる最大級の愛情だった。しかし直ぐにその手を離す。  死ほど甘えは無いのだと、いつしか呆れた呟きが響き渡った。償うのなら、せいぜい惨たらしく生き続けろと、冷たい心に傷がつく。  暖かい感情が傷から流れ出た時には、目の前は水で覆い隠された。  全てを見透かされ、思考の回転数が徐々に低下する。  私は極刑、生命活動維持を求める。  全て無に消えることこそ、全てを許さず終わらすことと同じなのだ。  黒い道をただ足が無くても身を削り、血を流しながら前に進む。例え、胴体のみでもそれを続けることこそ、地獄なのだ。  過去を苦しみ、憐れみながら、業を抱いて、悪人と解りながらも希望を見つめる。そんな、醜いことをしながら、生きていくことこそ。 私が私に報いる為の命なのだろう。  今日も、足枷を引っ張りながら、籠から出る方法を模索する。
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