Lunacy artists

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 満月の夜が嫌いだった。どんなに深く布団に潜っても、全身をチクチクと針が差すような嫌な感覚が駆け巡るから。 「ううん……」  眠ろうと思っても身をよじるほどの不快感で目が冴える。我が物顔で夜闇を照らす月が窓からのぞき込む様を見ると、はらわたが煮えくり返りそうになって溜め息が出た。  こんな感情、ぜんっぜん俺らしくないのに。  猛獣のような激情が全身を支配していくのを感じながら、布団をはいで起き上がった。体を引きずるようにしてベッドから降りて、上着を持って部屋のドアを開ける。足音を殺して廊下を進み、寝静まった家から出ていった。  俺の先祖はいわゆる狼人間という奴だ。二千年くらい前は他のフリークスと一緒に栄えてたらしい。伝説じゃあ狼人間はゾンビみたいに普通の人間を咬んで数を増やすことになってるけど、実際は吸血鬼なんかと同じで遺伝なんだ。狼人間は人間と子を作って子孫を残してきたって聞いてる。だからすっかり血が薄まって、今の時代満月を見て変化(へんげ)するような人はいない。  俺を除いては。 「やべ、耳が……」  少し月を見すぎたかもしれない。尖り始めた耳を隠すように上着のフードをかぶった。  何百メートルもある電波塔が築かれるような時代になっても、フリークスの存在は一部の人達に伝えられてる。表向きは害のない宗教団体を装ってて、どこで話を聞きつけてくるのやら、俺みたいな子供の前に現れる。そして様々な施術(・・)をしてくれる。オカルトめいた呪文や薬草のお陰で、俺は満月の夜でも人の姿を保てるようになった。ただ狼人間としての感情は消えなくて、年々強烈になってる。思春期を過ぎればマシになるだろうってあの人達は言ってたけど、一体あと何年経てば思春期の終わりってのが来るんだ? 「ぐううぅぅ……!」  考えてるだけでまたイライラしてくる。クソッ、こんな気持ちになんてなりたくないのに。唸りながら夜道を歩いてるなんて不審者じゃないか。 「くっひひひひ……」  女の人の笑い声がする。誰だ? 「はぁ~、良きかな良きかな! やはり満月は感性が冴えわたる。絶好のお絵描き日和じゃ!」  シュッシュッとスプレーするような音。まさか落書きでもしてるのか? そういうのって俺くらいの歳の不良がやってるもんだと思ってたけど。妙に色っぽい声はどちらかというと母さんくらいの歳だ。おばさんが夜遊びなんて変わってるな。 「ん? そち、()に何か用かの?」  げっ、気づかれた。しかも女の人がこっちに向かって歩いてくる。耳の形は元に戻ったけど、こんな時に誰かと話すなんてごめんだ。
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