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「あっ……」
吸血鬼が月を隠したせいで変化が解けていく。体毛が消え、元に戻っていく顔を吸血鬼は舐めるようにして見た。
「それがそちの本当の顔じゃな。なかなかどうして愛いではないか。もっと近う寄れ――」
「俺に触るな!」
伸ばされた手を払い除けて立ち上がる。吸血鬼はキョトンとした様子で小首をかしげた。
「あ、いや、違くて……。俺、満月の夜に徘徊してた時、絡んできた酔っぱらいを咬んで怪我させたことがあるんです。触ってきた相手に何するかわからないから、その、離れた方がいいって……」
「ふむ、それもそうじゃ。非礼を詫びるぞ」
「え? なんでそんなすんなり……」
「フリークスにとって満月は麻薬みたいなものじゃからの。余はとっくに慣れたが、そちほど年若ければ衝動のやり場にも困ろうぞ。昔は苛立ちを発散させるため、月夜には宴を開いたものじゃが、フリークスが伝説となった今ではそれものう?」
「そっか……。普通だったんですね。月夜に徘徊せずにはいられないのも、反射的に人を咬むのも……」
「悩んでおったのか?」
「そりゃあ、だって、他の人はこうはならないわけで……」
「はは〜ん! さてはそち、いい子じゃな? 自分の苦しみを棚に上げて他人の心配をするとは」
「そんなんじゃないです。いい子は間違っても人を咬んだりしません」
「狼人間の性じゃ。本能は心で御せぬからこそ本能という」
シュッと独特な音を立てて、吸血鬼が牙をむき出しにする。赤い目が月光を受けて爛々としてる。
「あなたにもあるんですか? その、衝動って奴が」
「無論じゃ。時に少年、吸血鬼と言えば何を食糧とするか知ってるか?」
「そりゃあ吸血鬼だから、血……?」
「その通り。しかしフリークスが伝説となった今、誰かに咬みつけば傷害罪だのなんだのと難癖をつけられて囚われの身じゃ。おいそれと食事も出来ぬ」
「あ、そっか。ってことはお腹を満たしたいって衝動が……。でも、そんなのどうしようもないんじゃ……」
「その心配はない。そちもフリークス相手に施術している集団のことは知っておろう? 余もあの者らから血のサプリメントをもらうようになってからは、誰かを襲わずとも腹を満たせるようになった」
そのサプリメントというのは、使用期限を過ぎて間もない献血用の血液を濃縮したものらしい。なるほど、それなら確かに被害者は出ないな。
しかし、と言葉を切って、吸血鬼は手にしたスプレーを振る。中に球が入ってて、マラカスみたいにカラカラと鳴った。
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