Lunacy artists

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 衝動に身を任せる……。俺の衝動は、人を咬みたいという獣の姿をしてるんだ。そいつを強くイメージして、自分の体を重ねてみる。月を直視したわけじゃないのに、耳の形が、牙の長さが変わっていった。ゴワゴワとした体毛まで生えてきて、背も伸び始めた。腹の底から沸き上がるように、血生臭い衝動が脈動し始める。感情を解き放つようにスプレーを構えた。 「グルルアアアアッッ!!」  シューーーッ!!  スプレーから噴射されるインク。魔女が作ったっていうのは本当みたいで、吸血鬼が使ってた時は黒かったインクが赤に変わってた。暗闇でも存在を強調してくる赤を見て、俺の中で何かがうごめく。  そうだ、この色なんだ。俺が見たかったのは、求めてたのは。  それから、俺はたがが外れたようにスプレーを噴射しまくった。何層にも塗り重ねるうちにスプレーの色は変化して、黒、茶、赤と血生臭い色を作り上げていった。興奮が最高潮に達して、思わず月に向かって遠吠えする。こんなの、子供の頃以来だ。あの頃は誰かを襲ってしまうかもしれないなんて考えたこともなくて、人間と獣の狭間の時間を無邪気に楽しんでた。ずっとそんな風にいられたら良かった。この心だって、獣の姿だって、本当は俺の一部なんだから。  不意に視界が曇って思わず手を止める。興奮しすぎたせいか、目から一筋の涙が転がり落ちていた。 「そち、泣いているのかえ?」 「な、泣いてないです。なんか出てきただけで」 「くっひ! 隠さずとも良い。子供の心は存外複雑なものじゃ。自分でも気づかぬ矛盾を(はら)んでおるもの」  俺が腕で涙を拭ってる間に、吸血鬼は俺の描いた絵を見てほうと声を上げた。手を止めたせいで興奮が解けて、俺も人間の姿に戻っていく。涙を拭った目で絵を見て、俺は深く落胆した。  なんて酷い……。  さっきまではあんなに魅力的に見えたのが信じられない。ただメチャクチャにスプレーしただけで、何の形にもなってないじゃないか。子供がメチャクチャに水風船をぶつけて描いた絵の方がまだマシだと思えるレベルだ。 「すみません……。クイーンの絵の横にこんなものを描いてしまって……」 「何を言っておる。素晴らしいではないか! 余にもこの複雑怪奇な色は作り出せたことがないぞ」 「え……?」  吸血鬼は血生臭い色のあちこちを指差す。よく見たら黒や赤の中に、青や緑や黄色の点々が星みたいに散りばめられていた。てっきりスプレーしたのは一色だと思ってたのに、どうしてこんな色が……? くひっと満足げに笑って、吸血鬼が俺の頭を撫でた。
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