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「血生臭い衝動の中に、人間としての衝動も混じっておったのじゃろう。しかし斯様に赤とは遠く離れた色を呈するとは、さてはそち、呆れるほどいい子じゃな? 血みどろは苦手であったか」
「いい子じゃないって何度言えば……。でも血みどろは苦手です。誰かを傷つけるなんて、絶対にしたくない」
「自己矛盾か。余と違い、この時代に生を受けたからこそなのじゃろうな」
吸血鬼は俺の手からそっとスプレーを取り上げると、慣れた手つきで俺の描いた色に輪郭をつけていった。一分も経たないうちに形が整えられ、魔女がのぞき込む禍々しい水晶玉に変わった。すげぇ、こうして見ると俺の作った色もかなりいい感じだ。
「余のタグを添えて……。ほれ、そちも隣に描け。記念すべき第一作目を仕上げるのじゃ」
「でも、そんなの迷惑じゃ……」
「コラボレーションと言うのじゃろう? 何が問題か。ささ、早うせい」
いいのかな……。迷いつつも言われるがまま、赤い月の横に上向きの山を二つ、下向きの山を一つ描いた。一応狼のつもりだけど、下手すぎて謎めいた記号になってしまった。
「くっひひ! 良きかな良きかな! 朝を楽しみにしておれ。このタグの主を巡って街は大混乱必至じゃ!」
「なんか、罪悪感が凄い……」
「何を言っておる? そちは芸術の要たる衝動を持って生まれ、作品を一つ完成させたのじゃ。であれば立派に芸術家の卵よ。胸を張れ!」
バンと背中を叩かれる。びっくりしてよろける俺を、吸血鬼が愉快そうに笑った。
「それにしても、そちにはなかなか可能性を感じるのう。どうじゃ? また次の月夜に絵を描いてみるというのは」
「いやいやいや、駄目ですって。クイーンはともかく、俺みたいな素人が描いたら普通に器物損壊ですし」
「固いことを言うでないわ! この街は既に落書きだらけではないか。一つや二つ増えたところで誰も咎めはせん」
「ですが……」
「どうしてもというのなら余も付き合おうぞ。第二弾、第三弾とコラボレーションを続けるのも乙なものじゃろ?」
「どうして俺なんかにそんなに構うんですか? 俺はフリークスだけど、ただの子供なのに……」
「フリークスだからじゃ。理由なんてそれで十分じゃろう。余は先達としてそちに衝動との向き合い方を伝授したい。そちにとっても助かるのではないか?」
「そりゃあ……どちらかというと、助かりますけど……」
吸血鬼は俺の前に立って、赤い目を真っ直ぐ向けた。
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