3話 ウサギ獣人アンネ※

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3話 ウサギ獣人アンネ※

「お疲れ様でした!」  アンネは元気よく挨拶をして、アルバイト先のパン屋を出た。  腕の中には、冷たくなったパンが詰まった紙袋を抱えている。  家には食べ盛りの弟妹たちが8人も待っている。  だからアンネは、いつも売れ残りのパンをもらって帰っていた。  そうしていても家計は火の車だった。  アンネのアルバイト代も、ほとんどが家族の食費に消える。 (成人して、早く家を出たい。独り立ちしたい)  それが19歳のアンネの願いだった。  ウサギ獣人の母親は年中発情していて、気に入った男とすぐに寝る。  いつまた弟か妹が出来るか分からない。  しかも生まれた子の父親がどの男か不明だから、ろくに養育費も請求できない。  アンネの父親は、母親の貞操観念の低さに呆れて、早々に家を出たきり戻ってこなくなった。  妊娠している間は働けない母親に変わって、アンネとすぐ下の弟が生活費を稼いだ。  どちらも年齢をごまかして、中学生のときから働いている。  そのせいでアンネもすぐ下の弟も、勉強はからっきしだ。  アンネはウサギ獣人の自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。  絶対に母親のようにはなりたくなくて、ずっと発情を抑える薬を飲んでいる。  その薬代のためにも働くことは止められなかった。  アンネは薬で発情を抑えているが、ウサギ獣人が年中発情する傾向にあることは広く知られている。  アルバイトをしていると、良くない声掛けをされることもあった。  まだ未成年のアンネに、夜の店で働かないかと誘ってきたり、愛人にならないかと口説いてきたり。  アンネは、母親をヤリ捨てる男たちをたくさん見てきた。  女にも金にもだらしない男たちが、アンネは大嫌いだ。  絶対にあんな男たちとは関わらない。  そう思っていたが、ウサギは草食動物の中でも弱く捕食されやすい。  狙われたら、逃げることは難しい。  アンネはこれまでに二度、強姦されたことがある。  一度目はアルバイト先の先輩。  二度目は母親が家に連れ込んだ男。  アルバイト先の先輩はアライグマ獣人だった。  愛想が良くて優しくて、仕事を丁寧に教えてくれた。  だからアンネも気を許していた。  しかし、一緒に夜番に入って二人きりになったとき、先輩は豹変した。  泣き叫ぶアンネを力ずくで押さえつけ、欲望のままにめちゃくちゃにしたのだ。  まだアンネは中学生だった。  高校生だと偽りアルバイトをしていた。  未発達な体を暴かれ、痛みと恐怖で心がズタズタになった。  ボロボロになって帰宅したアンネを見たすぐ下の弟は、自分が働くと言ってアンネを休ませた。  幸いなことに、アンネは妊娠してはいなかった。  アンネはアルバイトを辞め、しばらく家に引きこもったが、すぐに食べるものに困るようになる。  働き慣れていない弟の稼ぎでは、一家を支えられなかったのだ。  アンネはもうすぐ高校生になる。  そうすれば年齢を偽らずに、もっとましなアルバイトに就けるはずだ。  だからそれまでの辛抱だと、弟や妹に言い聞かせ、抑制剤も節約して過ごした。  それがいけなかったのだろう。  母親を抱きに来た男が、アンネに目を付けた。  最近、母親のもとに通うようになったウシ獣人だった。  その場では手を出さなかったが、母親が孕んで男とのセックスを拒むようになると、アンネの体を吟味するように眺めだした。  高校生になったアンネがアルバイトに精を出し、すぐ下の弟も働くことに慣れた頃。  母親が出産のために入院した。  その隙をつかれた。  合い鍵を持っていた男は、夜中にアンネの家に侵入する。  真っすぐに子ども部屋を目指し、弟や妹と並んで寝ているアンネを見つけると、口をふさいで母親の部屋に引きずっていった。  アンネはすぐ下の弟に助けを求めたが、疲れた弟はぐっすり眠り込んでいる。  アルバイトがあった日は、ああして熟睡して朝まで起きない。  アンネは絶望した。  いつも母親がいろいろな男をつれこんで嬌声をあげているベッドに、アンネは放り投げられる。  ウシ獣人は巨体をつかってアンネを抑え込み、アンネが着ていた薄いパジャマを全てはぎ取った。  そこから朝まで、アンネは貪られる。 「母親より、いい体つきをしている」 「なんだ、処女じゃないのか?」 「まだ若いのに、さすがウサギ獣人だな」  処女ではなかったことに興奮したウシ獣人は、容赦なく大きな肉棒をアンネに突き入れた。  アライグマ獣人のそれよりもはるかに太く長い男性器が、アンネの狭い中を抉り進んでいく。  アンネは痛いばかりだが、ウシ獣人にはその狭さが心地良かったのだろう。  すぐに、ハッハッと息を弾ませ、勢いよく腰を打ち付けてきた。  前から、後ろから。  逆さにされたり、持ち上げられたり。  ウシ獣人はいろんな体位を試して満足したのか、明け方には母の部屋から立ち去った。  そして二度と戻ってはこなかった。  後日、母親が生んだ赤子は、アンネを抱き潰したウシ獣人と同じ、茶色の耳をはやしていた。    何度も中に出されたアンネは、翌日なけなしのお金で避妊薬を買った。  そして、家にいる時間を減らすように、アルバイトを増やして働いた。  高校生活の思い出はあまりない。  それよりも、早くこの家から逃げ出したかった。  ウサギ獣人だからと、欲望のはけ口にされるのはもうごめんだった。 (母親のようにはならない。私は絶対に、まともな男を見つけるんだ)  そして結婚して、ちゃんとした家庭を築きたい。  夫となった人を敬い、生まれてきた子どもを大切にする、そんな母親になりたい。  そう願い続けてアンネは今日まで生きてきた。  そしてこの夜、運命の相手と出会うのだった。  パンが濡れてしまわないように、抱きかかえて走っていたアンネは、少し休みたくて軒先を探した。  ちょうど良さそうな軒先には、すでに誰かが雨宿りをしている。  ちらちらと道の両端を伺うが、裏通りにでも入らないと厳しそうだ。  裏通りは人影が少なく、ウサギ獣人の自分にとっては鬼門となることが多い。  だが、この雨脚の強さに、アンネはそうも言っていられなくなった。  裏通りの比較的大きな軒先に、アンネは駆け込む。  すでに雨宿りをしている人がいたが、まだ軒先には余裕があった。  ホッと一息ついて、体についた雨粒をふるふると払い落とす。  ようやくこれで人心地がつく。  そう思った矢先――ひどく甘い、焦げた砂糖の香りが漂った。 (え? 今日は菓子パンはもらっていないわ。一体どこから?)  ふと、先に雨宿りをしていた人がいたことを思い出す。  もしかしたら、その人が焼き菓子でも持っているのかもしれない。  アンネは顔を上げて、相手の様相を確認した。  そこには、黒髪の中に黒耳を立てた、作業着姿のオオカミ獣人がいた。 (しまった、肉食動物だ――!)  これまでの経験がアンネを警戒させた。  しかし、それを裏切るように、体が熱を発しだす。 (おかしい、抑制剤はきちんと飲んでいるのに。私……発情している)  熱い息が口中に籠り、はあはあと吐き出したくて仕方がない。  生唾が舌の上にじわじわ浮き出て、ごくりと飲み込んでしまいたい。  両足をぎゅっと閉じていないと、そこから何かが溢れ出てしまいそうだった。 (抱かれたい、この男に――めちゃくちゃにされたい)  オオカミ獣人の灰色の瞳と、アンネの赤色の瞳が交差する。  バチンと火花が散るような音が聞こえた。  オオカミ獣人はアンネをたくましい腕に横抱きすると、雨の裏通りに飛び出した。  いつもなら、激しく抵抗をする場面だ。  しかしアンネは、オオカミ獣人の首に腕を回し、落とされないようにしがみついた。  大事に抱きかかえていたパンの入った紙袋が、足元に転がったことにも気がつかない。  ふたりの荒い息が、ますます熱を持つ。  ばしゃばしゃと水たまりを蹴って、オオカミ獣人は走る。  小さなアパートの階段を駆け上り、慌ただしく取り出した鍵で扉を開けると、オオカミ獣人はようやく玄関にアンネを下ろした。  アンネは自分をここまで攫ってきたオオカミ獣人の顔を見上げる。  目を血走らせ、舌なめずりをし、息の上がった男の顔は、分かりやすいほど欲情していた。  だが、それはアンネも同じこと。  オオカミ獣人の上下する胸に手をおき、背伸びして自ら唇を近づけていった。
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