回想電車『疑い駅』

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回想電車『疑い駅』

 地下水がジャバジャバと擁壁の隙間から流れ出している。レールを濡らし側溝に流れ込んでいる。横須賀線東京駅は地下深くにホームがある。終電を迎え始発までの数時間は誰もいない。地下水の流れる音が小川のせせらぎにも似ている。取り残された客がいる。と言うより、行き場所もなく始発まで待つことを決めた客である。駅員に見つかれば追い出される。駅員に見つからないように監視カメラの届かない新橋寄りの行き止まりでしゃがんでいた。午前2:30になると男の前に列車が滑り込んで来た。男は運転手に見つかってはいけないと柱の陰に隠れた。一両編成で『回想』と書いてある。男は酒のせいもありその回想を不思議にも感じない。むしろ回想が正しい回送と勘違いしている。列車は赤茶けて古めかしい。車掌が降りて来た。男の方に向かって歩いて来る。男は観念した。便所に入っていて取り残されたと弁解するつもりである。 「お客様、お乗りになりますか?」  色の褪せた鉄道服の車掌がにこやかに言った。 「乗れるんですか?」 「ええ、お客様次第です」 「だって回想電車でしょ」 「ええ、回想電車です」 「あっ」  男は勘違いに気付いた。そしてどこに向かうのか気になった。 「戻って来るんですか?」 「それもお客様次第です」 「どこに向かうんですか?」 「お客様の回想次第です」  発車のベルが鳴った。本来なら駅員がホームを見守るが誰もいない。運転手が指差し呼称をしている。 「客は私一人ですか?」 「それぞれに回想がありますから、大概お一人です。たまに例外もありますが」  男は時計を見た。始発は4:55分の久里浜行き、自宅は逗子。
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