青年武道家の新しい死に場所

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「今日もありがとうございました。」 選手たちは全体での礼を終え、各々ストレッチをしたり道着の洗濯に向かったりしている。 「おお、上泉(かみいずみ)。お疲れ。」 老眼の影響からか、スマートフォンを目をすぼめて見ていた男が顔を上げて言った。男は相当な巨漢で、坊主にした頭が顎まで髭で繋がっている。 「そういやインカレ予選出えへんてほんまか?」 巨漢の男の見つめる先には一人の青年が立っていた。上泉である。道着の下に覗く筋肉は隆々としていて、柔道部らしからぬ白い肌と長い髪の毛であった。前髪は片側を伸ばしたアシメトリーで、全体的には耳の下くらいまで髪の長さがある。 「そうですね……一応出ないつもりです。」 「もったいないなあ、なんでや。上泉なら優勝も狙えると思うねんけどなあ……毎週ウチの部員鍛えてもろてるからな!」 そう言うと巨漢は体を揺らして大きく笑った。 着替えを早々に済ませると、上泉は小走りに道場を出た。出口の横には木でできた『帝應大学柔道部』の看板が掲げてある。 走っている途中、手に持っていたパンを素早く頬張ると駅に駆け込んだ。駅のコインロッカーを慣れた手つきで開けると、中にはゴルフバッグが入っていた。ゴルフバッグを肩にかけて駅構内を再び走り始める。 いくらか電車を乗り継いで最後の電車から降りると上泉はまたもや全力で走り始めた。駅の周りは森林であり、時々家屋やなにかの用途のために使われる公共的な建物がちらほら見える以外は、畑と森林しかない土地であった。 上泉はその中を一直線に走り続け、数十分の後に速度を落として歩き始めた。上泉の透き通るような白い肌に汗が滲んでおり、肩にかけていたタオルで顔を拭いた。目の前には竹林が広がっている。 ひとつため息をつくと、ゴルフバッグを開きながら竹林の中に入っていった。 ゴルフバッグから蚊取り線香をいくつか取り出すと、林の中で立ち止まって自分の周りを円形に囲むようにして蚊取り線香を置いて焚いた。夏の虫は大敵である。 その後、ゴルフバッグの中から見えていた日本刀と長い帯を取り出した。荷物をカバンの中から取りだした大きなビニール袋に詰め、きつく縛った。 帯を腰にまくと、日本刀を左腰に差した。ひとつ大きく深呼吸をして、上泉は日本刀を抜いた。剣道と違って、右手を鍔に付け、左手もそのすぐ下にくっつけるようにして構える。 次の瞬間、竹の葉を数枚切り落とした。動きは少なく、ほとんど動いていないようにさえ思える。そのあと滑るようにして体を右に移動させ、竹を斬った。斬った竹が落ちるより先に反対からまた刀を振り下ろし、竹を三つに斬った。 「おお、上泉君。今日も精が出るね〜」 竹が地面に落ちるや否や、上泉の後方から呼びかける声がして上泉は納刀しながらゆっくりと振り返った。 「愛洲(あいす)先生、どうもこんにちは。」 上泉が振り返って見る先には白髪を肩の辺りまで下ろしている老人が立っていた。老人は紺色の道着を着て下には同じ紺色の袴を履いている。 老人は腰に手を当ててニッコリと笑顔を見せながら上泉に近づいた。 「……今日もやっとくか?」 「お願いします。」
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