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「で、ミカさんはこんな時間に何してるんですか」
「たぶんキミと一緒だよ、少年」
「ああ。眠り方がわからなくなったんですね」
「なにそれ」
彼女はミカと名乗った。
「三日月のミカだよ」「三日坊主のミカさんですね」「キミ友達少ないだろう」「精鋭を揃えてるだけです」というやり取りがあったので本名ではないかもしれない。
けど別に構わなかった。どうせ日が昇るまでの短い関係だ。名前なんてどうでもいい。
「私は自分を確かめに来たんだよ」
「鏡でも見ればいいじゃないですか」
「目で見るだけじゃ足りなくてさ」
ミカさんは指先で首にぶらさげた黒いヘッドホンに触れる。
僕はふとそれが気になった。
「それ、何聴いてるんですか?」
「ん? ああ、自分の音だよ。心臓とか、息する音とか」
「録音したんですか」
「まさか。ライブだよ」
「へえ。楽しいんですか?」
素直にそう尋ねると、ミカさんは少し考えた。「安心に近いかな」という答えが潮風に乗って僕の元に届く。
「夜ってさ、なんか溶けていっちゃう感じしない? 静かで真っ暗で、今どこにいるのかわからなくなるみたいな」
「そんな真っ暗な夜見たことないです」
「都会っ子だね。でもこうすれば真っ暗だ」
彼女は両目を閉じた。そりゃ真っ暗でしょうよ。
「真っ暗になったら自分がどこにいるかよくわからなくなる」
「鏡も見えないですしね」
「そんなあなたにこのヘッドホン」
「通販はじまった?」
「アクティブノイズキャンセリング搭載で没入感バツグン。やわらかイヤーパッドに極限まで軽量化された本体は長時間装着時にも負担がかかりません。もちろん充電端子はtype-c」
「ひとつください」
「まいど」
笑い声が夜に響いた。ミカさんのと、僕のも少し混ざっている。
楽しいな、と自然に思った。良い夜だ、とも。
「それでね。真っ暗な夜の中で自分の音を聞いてるとさ、ああよかったって思うんだよね」
ちらりとミカさんはこちらを見た。深い夜のような濃い藍色をした瞳に街灯の光が映り込む。
月夜をぎゅっと凝縮したみたいだな。そう思った。
その瞳が綺麗すぎて見ていられなくなり僕は目を逸らす。
「私はここにいる、って」
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