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「月っていろんな名前があるんだよね。満ち欠けで名前が違うんだ」
「出世魚みたいですね」
「出世とか昼間みたいなこと言わないで」
潮風とさざ波が時間差で僕たちの元におとずれる。
夜の真っ暗な海には生き物なんて何ひとついないように思えた。
「でも私は名前のない月が好きなの。今日みたいなビミョーなやつ」
「ビミョーなのに好きなんですね」
「なんか綺麗じゃなくてかわいくない?」
「そうですかねえ。でも意外です。てっきり三日月が好きなのかと思ってました」
「名前に本人の好みが反映されることはないんだよ」
ミカさんはふっと苦笑した。
その話を聞いて僕は「そういえば」と思い当たる。
「僕まだ名乗ってなかったですね」
「あ、うん大丈夫」
「なんでですか」
「だって名前なんか聞いちゃうと別れづらくなるじゃん。今夜限りなのに」
自分は速攻で名乗ったくせに。
「ミカさん友達少ないでしょう」
「よくわかったね。同じ人とは長く一緒にいないタイプなんだ」
「もしかして全人類に僕と同じようなことしてるんですか?」
「全人類ではないけどね。まあ同じ人とずっと一緒にいても良いことないし」
彼女は微妙な形の月を見上げた。
僕と話しているはずなのに、それはどこか遠くにいる人への訴えにも聞こえる。
「もし私が君と明日の夜も会ったとしよう」
「朝日と一緒に別れた僕たちが月夜に出会うわけですか」
「そうそう。明日だけじゃなくて、明後日も、明々後日も、これから一ヶ月毎朝別れて毎晩会うとするでしょ」
「そしたら?」
「そしたら私は今日こんな話しなかったよ」
ミカさんは知らない声を出した。
いやそれどころか僕はこの人のことを何も知らない。そんな事実に今さら気付く。
「明日も会う人に赤裸々なことは話せないし、クサいことも言えない。だって明日も会うんだもん。けどそれでなんだかんだ先延ばしにしてたら、急に言えなくなるときが来るんだ」
彼女が何のことを言ってるのかはわからない。訊くこともできない。けれど伝わった。
覚悟のできていない、突然の別れ。
きっとそんな別れ方はこの空の下に星の数ほどあるんだろう。
「ほらね、ずっと一緒にいないほうが気が楽でしょ?」
月明かりを背景にして、ミカさんはこちらに微笑みかける。
その唇は微妙な形をしていた。
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