4

2/2

26人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 ミカさんの言っていることもわからなくはなかった。  別れることが決まっている相手なら何でも言える。確かにそうだ。気を遣う必要がない。  話題をころころ変えたっていいし、多少失礼なことを言っても構わない。  相手がどう思おうが自分がどう思われようが関係ない。ここで僕たちは別れて、もう二度と会わないのだから。  ただただ気楽で、楽しくて。  ──でも、薄っぺらい。 「僕ね、どちらかというと朝型なんですよ」 「え、うそ」 「ほんとです。早朝ランニングとかするタイプ」 「めっちゃ健康的じゃん」 「ランニング仲間もいますよ。おじさんが多いですけど」 「どうりで年上に慣れてるわけだ」 「でもみんな最初から仲間ってわけじゃなかった」  ミカさんがこちらを向く。綺麗な瞳を見つめ返す。 「毎朝同じ時間、同じコースを走ってるうちにだんだん顔を覚えてきて、一言も話したこともないのに顔見知りみたいな気分になってきて、ある日『おはようございます』ってつい口に出しちゃって、それからやっといろんなことを話すようになったんです」  どうやったら伝わるか必死に考えながら言葉を選ぶ。  伝えたい。同じ人と一緒にいるのもなかなか悪くないと思ってほしい。 「今日しか会わない人になら赤裸々な話やクサい台詞も言えるって、それ今日会ったばっかの人に話すネタがないだけでしょ」  彼女は僕の名前を知らない。  僕の年齢も、得意教科も、好きな小説家も、何も知らない。知ってるのは僕が朝型ってことくらいだ。  でも明日の彼女は、僕の好きな小説家を知ってるかもしれない。  そしてそれは僕も同じだった。 「ずっと一緒にいればいるほど、話したいことがどんどん出てくるんです。伝えたいことだって増えてく。だからまた会いたくなるんだ」  明日もミカさんに会いたい。  欲を言えば、明後日も明々後日もずっと。  今日だけなんて短すぎる。まだ何も知らないのに。知らないから。知りたいから。  また違う夜の下でも、僕は彼女とこんな風に話がしたいんだ。  でもそれをそのまま伝えてもたぶん響かないだろう。  だから僕は月を仰ぐ。 「明日もきっと月が綺麗ですよ」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加