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「年上を口説くのに慣れすぎだよ、少年」
しばらくしてからミカさんはそう口にした。彼女はもうこちらを見てはいなくて、その横顔は初めて見たときよりも柔らかく見えた。
「でもそれは無理な相談だね」
「なんで」
「この世にはいろんなルールがある。赤信号は渡っちゃいけないとか、図書館では静かにしなきゃいけないとか」
「ミカさんはずっとここにいちゃいけないとか?」
「そういうこと」
「誰が決めてるんですか」
「国土交通省だよ」
軽口を並べるミカさんはまともに答える気がないようだった。
逃げる気ですか。そう言おうとした。
けれど口から出たのは別の言葉だった。
「逃しませんよ」
僕は彼女を欄干から引き離すように背後から抱き締めた。
ひんやりとした柔らかさが両腕に伝わる。大人しく腕の中に収まっている彼女に抵抗する素振りはない。
「……大胆だねえ、少年。将来有望だ」
「ミカさん最初、別れも覚悟ができてれば気が楽になるって言ってましたよね」
「うん、言ったね」
「あれ違うみたいですよ」
彼女の前でクロスさせた両腕に力を込めた。
「覚悟ができた別れは、何がなんでも抵抗してやりたくなります」
朝が来ても、日が高くなっても、もう一周して月が覗いても、離さない。
そうすればきっと彼女はここからいなくならないはずだ。
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