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「アツいなあ。肌寒い夜にはちょうどいい」
焦る様子もなく、ミカさんは苦笑混じりにそう言った。
彼女の髪の毛が風に揺れる。その風が、少しあたたかいことに気付いた。
「でももう時間だよ」
ほら、朝が来る。
初めて聞くミカさんの優しい声と同時に、空と海の隙間から光が漏れた。
その光はゆっくりと水平線を広げて月を隠していく。
彼女はそっと僕の腕に触れた。そのままゆっくりと絡まった腕をほどく。
あんな大口を叩いておきながら僕は抵抗することができなかった。
「ミカさん」
「悪いね、付き合わせちゃって」
冷えた手や、声や、表情から伝わってくる。
壁だ。ミカさんは僕との間に壁を作っていた。ここからは入れないように。これ以上近づけないように。
それは自分のためでも、もしかしたら僕のためでもあるのかもしれない。
けれど確固とした拒絶はひどく痛かった。
「まあでもおかげで良い夜を過ごせたよ」
すとんと力の抜けた両腕が落ちる。ミカさんは僕と向かい合うように立った。
横から朝日が当たって彼女の顔が三日月のように光る。
「月が綺麗だったね」
そう微笑んで夜の方向に歩いていく彼女を、僕はただ見送ることしかできなかった。
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