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ぽかりと浮かぶ白い雲がゆっくりと流れていく。
その向こうに広がる青く澄んだ空は、何故だか森本の濁りのないブラウンの瞳を思い出させる。
「ねえ、森本って高校卒業後、専科学校にいくの?」
私の思考を読んだかのような瑠璃乃っちの言葉に、私はちょうど口に入れようとしていたおにぎりを落としそうになった。
「な、何で私に訊くのさ」
「いや、琴りんなら知ってるかと思って」
意味深な笑顔を向けてくる瑠璃乃っちに、私は慌てて答える。
「そ、そんなこと知らないよ」
見回してみると、私達と同じくランチをとろうと中庭に出てきている生徒は結構いるようだった。
でも、それぞれのベンチは数メールずつ離れているので、会話を聞かれる心配はなさそうだ。
「ふーん……。T専科学校とかかな? それとも医学部? どっちにしろ相当学習ポイント稼がなきゃなんないとこだろうね。あれだけ勉強してるんだから」
「そうだろうね……」
私はコンクリートの地面に視線を落とす。
私は今まで必要以上の学習ポイントを稼いでこなかった。
別になりたい職業なんてないし、普通に生活できるお給料さえ貰えれば充分だ。
周りのみんなも大体そんな感じ。
だから、卒業後森本とは別の道を歩むことになる……。
「じゃあ、今のうちに告っときなよ」
「はあ⁉︎」
瑠璃乃っちの言葉に思わず大きな声を上げてしまってから、私は慌てて口を押さえた。
「だって3年になったらもっと忙しくなるでしょ? デートなんてできないじゃん。今のうちに青春しときなよ」
「な、何言ってんの? 関係ないし」
瑠璃乃っちはニヤニヤしながら私の顔を覗き込んでくる。
顔色のわかりにくい被膜スーツがあって本当によかったって思う。
私の体は何故だか熱をもっている。
突然レポートの発表を命ぜられた時みたいに。
「じゃ、じゃあ、瑠璃乃っちはどうなの? ずっとフリーじゃん」
「私には晃一君がいるから」
「AIアイドルじゃん」
「この間AIアイドルと結婚式をした、って人がいたでしょ? そのうち本当に入籍できるようになるかもよ?」
「えー、それはな……」
晃一君、一夫多妻もいいとこだ。
「だって、結婚とかウザくない? 他人と一緒に生活するなんて。手続きすればシングルだって子供がもてる訳だし」
「んー」
「でもさ、普通の夫婦でも自分の子とは限らないって噂知ってる?」
その噂は聞いている。
子供を希望する適齢期の人間には、管理センターから、どんな人にでも子供が用意されることになっている。
それはシングルでも同性同士でもということだ。
スーツを着ている私達は、予め凍結された生殖細胞や幹細胞を使った完全体外育成により、子供がつくられるということになっている。
でも本当は、管理センターに都合のよい遺伝子を持った子供が配られている、という噂があるのだ。管理センターがより管理し易いように。
自分達の手元に赤ちゃんがやってくる時には、既に乳児用スーツに入れられているし、DNA鑑定をするにしてもスーツを脱ぐ為に管理センター経由で行われるから、私達には本当のところを知る術はないのだ。
「でも、そんなんどうでもいいよね。私にとってのパパとママは、今のパパとママなんだし。外見だって自由に変えられるし」
「そうだけど……」
私がお父さんとお母さんの本当の子供じゃないとしたらどうだろうか。
誰の子でもない、管理センターによって作り上げられた都合のいい人間だとしたら……。
私はお父さんとお母さんが大好きだ。
それは血が繋がっていようがいまいが変わらないことだけど……。
「子供をつくるとしたらやっぱ晃一君似がいいと思うんだー。飽きたらカッパにしてもいいし」
瑠璃乃っちのことだから、その頃には別の推しになっているんだろうけど。
「カッパは裏サロじゃなきゃできないでしょ」
「そっかー」
緑色の皮膚をした瑠璃乃っちは無邪気な笑顔をみせた。
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