お願いあらため誓います!

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「万里カイくんと結婚できますように!」  一年の計は元旦にありと聞いたメイは、新年早々賽銭を握りしめて家からいちばん近い神社に駆け込んだ。  穴場も穴場のちいさな神社は、一年で一番混雑するだろう年明けのその瞬間にあって、訪れているのはメイひとり。 (それってつまり、あたしのお願いだけが神さまに聞いてもらえるってことでしょ。最高じゃん!)  誇らしい気持ちで頭を下げたメイは「これで今年こそカイくんへの片思いが成就するにちがいない!」と回れ右して、固まった。  ひとりじめしているはずの神社の暗い参道に、見覚えのある顔があったのだ。 「か、カイくん!?」  間違いない。  ひやりとした月明かりに照らされ立つのは、万里カイ。  メイのお隣さんである万里家の長男にして、三つ年上の彼氏にしたいひとナンバーワン。  あまりの恋焦がれ具合に交際をすっ飛ばして「結婚したい!」と神さまに宣言するほどに大好きなカイが立っていた。  気まずげに笑った顔も良い。レアだ。 (いやちがう、そんなこと考えてる場合じゃない)    メイは明後日の方向に行きたがる思考を引き戻す。  レアな苦笑いは心のアルバムに保存して、この場を切り抜ける手立てを考えようとした。が。 「あー……メイちゃん。神さまへのお願い事は、声に出さなくて良いんだよ」 (はい詰んだ! はい聞かれてた!)  切り抜けるもなにも、まるっと聞かれていた。しかも言い逃れようのないフルネーム。  年内に告白する予定の相手に、新年早々恋心がバレるという大失態。ついでに、高校三年にもなってお参りの作法もわかっていなかった恥じもぶちかましてしまった。  メイが自分なりに練り上げた少しずつ距離を詰めて気持ちの面から両思いになるぞ作戦は、開始する前に爆散した。 (かくなるうえは……!)  メイは覚悟を決めた。  年越しそばとみかんをもりもり詰めたお腹に力を込めて、メイは苔むした参道を踏みしめる。  そして、カイめがけて駆け出した。おしゃれより機動力重視で履いてきたスニーカーがここぞとばかりに地面を強く蹴りつける。 「えっ」  驚くカイの姿がぐんぐん近づき、そしてすれ違う。そのまま速度をゆるめずメイは彼の横を駆け抜けた。 「……あけましておめでとうカイくんっ」 「えっ! ちょ、メイちゃん!?」  一瞬の邂逅。  瞬く間の別れ。  驚きの声をあげるカイを置いて、メイは夜の道を駆け続ける。  勢いとスピードはメイの数少ない自慢だ。猪突猛進とも言われるパワーを遺憾なく発揮してカイを振り切った。  〜 〜 〜  はじまりからつまずいた一年、メイは全力でカイを避け続けた。  正月のあいだ毎日たずねてくるカイに「留守です!」と返事をしているうちに彼の冬季休暇は終わってしまい、カイは家から遠く離れた大学のある街へ行ってしまった。  大学に戻ってからもメールや電話をくれたけれど、メイはすべて「受験生なので!」「進学準備で忙しいので!」「大学生になって慌ただしいので!」と会話が続かないように返してきた。  そうしてまるっと一年を過ごし。 「ついに、この日がやってきた……!」  一年ぶりの一月一日。  帰省したメイは、因縁の神社で仁王立ちする。  あいも変わらずひと気のない神社で、メイの記念すべき時を見届けるのは、気持ちよく晴れた夜空の月ばかり。 「メイちゃん」 「カイくん!」  やってきたのは万里カイ。  一年ぶりに会えた大好きなひとの姿に、寒さや緊張で強張っていたメイの顔が自然とほころぶ。  向かい合うカイもまた、やわらかくほほえんだ。 「明けましておめでとう。やっと会ってもらえた」  一年間もろくに返事をしなかったうえ年の初めに呼び出したメイに、カイは怒りもせずにこにこと近づく。  境内でふたり、向き合って立つのはあの日と同じ。  状況を確認して、メイはくるりと神社に向き直り賽銭を投げる。ぱんっと両手のひらを打ち鳴らすと白い息とともに思いのたけを吐く。 「今年こそっ! カイくんと恋人になれますよーーーにっ!」  ぎゅっと目をつむり、神社に頭をさげる。  お願い事は声に出さないと教えてもらったけれど、これでいい。メイが口にしたのはお願いではなく『誓い』なのだから。    一年前は本人に聞かれてしまうという失敗を犯した。  だからここで仕切り直したメイは、ようやくカイと向き直る。 「カイくん、あたしと付き合ってください!」  がばっと頭を下げてしゅばっと手を差し出す。  ドキドキする心臓がうるさくて、寒いはずの気温も感じない。  そんなメイのほほにそっと手が触れた。熱く、かわいたカイの手だ。  その手に促されて顔をあげたメイは、優しく微笑むカイと目があって胸がぎゅっとなる。 「もちろん、付き合おう」 「ひゃっ!」  同意がもらえた。  その喜びで飛び上がったメイのほほをカイの手のひらが包み込む。 「結婚を前提にね。だから、冬休み中に引っ越ししよう」 「?」  なにやら前提がついた。メイとしては今度こそ段階を踏んで、と思って「恋人から」と意気込んでいたのだが。  だから引っ越し、のだからが意味するところとは。  きょとんとするメイの頬をなでながら、カイはやわらかくほほえむ。 「俺は春から社会人になるんだよ」 「うん、知ってる。大きい会社の内定もらえたって、おばさんが話してた」  メイはお祝いのメッセージを送った覚えもあった。ただ、正月の失敗を挽回するために会話が続かないよう返事を断ったためカイからは「ありがとう」のひとことだけだったけれど。 「勤務先は聞いてる?」 「ううん、そこまでは知らない」  大きな会社だから、全国各地に支社があるのだろう。そのどこに配属されるかまでは聞いていない。 「岸丹市だよ。メイちゃんの大学があるところ」 「へ」  メイはすでに推薦入学で進学先の大学を決めていた。  その大学は確かに、カイがくちにした市にある。実家から通えない遠方のため、年が明けたら下宿先を探しに行くつもりであったのだけれど。  驚くメイをカイはにこにこうれしそうに見つめている。  いたずらが成功した子どものような笑顔だ。 「いっしょに住もう。うちの親もメイちゃんとこのご両親もメイちゃんが良いなら、って言ってるんだ。もう部屋も探してあるよ。そんなに広くはないけど大学まで近いし、俺の給料でじゅうぶん支払えるところだから」  すらすらと告げられたことばにメイは面食らう。  思い返せば両親ともに遠出の予定をたてるのに非協力的であった。それはまさか、カイがすでに部屋を見つけているからなのか……? 「えっ、ちょっと待って待って」 「もう待たない。俺、一年間我慢したでしょ?」  にっこり笑ったカイがメイと額をあわせる。 「メイちゃんのお願いは神さまじゃ叶えられないよ」 (ち、近い近い近い近いっ)    これまでずっと、幼馴染の距離にいたカイがあまりにも近くにいてメイはパニックになる。  真っ赤に熟れた顔であわあわと視線をさまよわせるメイに、カイがささやいた。 「だからほら。さっきのお願い、俺に言って」  うながす形を取りながらも、彼のことばは有無を言わさない響きをまとっている。  緊張と驚きと恥ずかしさで混乱を極めていたメイは、押しの強さに流されるように口をひらく。 「……か、カイくんと恋人になりたい……です……」  ちらり、反応が気になって目線をあげたメイの前で、カイがとろけるように笑った。 「喜んで」  ほほえむカイに抱きしめられて、メイのお願い事は叶うことが確定した。  一年かけて仕切り直し、一年かけて実現しようと思っていた願いが成就する。  一年の計は元旦にあり。ならば初日に計画が達成されてしまった場合はどうなるのだろう。  メイの頭にぽん、と浮かんだ疑問を見透かしたように、腕のなかのメイを見下ろしたカイがにっこり笑う。 「去年一年間、俺はメイちゃんといっしょにいるために色々考えて動いてたんだ。だからこの一年はメイちゃんと結婚するために色々考えていこうね」  甘い甘い笑顔とともに降ってきたのは、カイのキス。  真っ赤に熟れた顔のメイは、誰も来ない地元の神社の閑散具合に改めて感謝する。  一部始終を見ていた月は、静かにふたりを照らしていた。
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