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「伊織?」  彼女の名前が思わず口をつく。  ふふ。  彼女は口元に笑みを浮かべると、ブランコを降りて立ち上がった。 「ひさしぶり」  胸元で小さく手を振る彼女に吸い寄せられるように、僕はその公園に足を踏み入れた。 「なんで?」  僕の発した問いに伊織は答えず目を伏せると、俯き加減で、胸まであるストレートの黒髪の先を、指先でくるくると弄んだ。  僕が歩み寄って、伊織に触れようとした時、 「私、死んだの」  そう言って伊織は上目遣いに僕を見つめた。  彼女の強い視線に伸ばしかけた手が一瞬止まる。だけど、僕は伊織の目を見つめ返すと、止めた手を再び伸ばし、彼女の右頬にそっと触れた。  伊織の頬は秋の夜風のようにひんやりと冷たかった。 「ずっと会いたかった」  思いもしなかった言葉が僕の口をつき、少し驚いてしまったけど、口にしてみると、なるほど、そうか、そうだな、と自分の本当の気持ちに気付かされる。  今まで思い出すことはなかったけど、僕は心のどこかで、ずっと伊織に会いたかったのだ。  別れてから、もう二十年以上もの時が経ち、僕は結婚し、妻も子どももいるというのに。
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