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3
伊織は僕の言葉には何も返さず、右頬に置かれた僕の手に自分の手をそっと重ねた。そして、その感触を味わうかのように静かに目を閉じた。
僕はそんな伊織を黙って見つめた。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。伊織が目を開けると共に、再び時間が動き出す。伊織は自分の頬から僕の手を優しく離すと、すっと身体を後ろに退いて距離をとった。
「ずっと待っていたの。あなたが、わたしを思い出すのを」
彼女が発した言葉に、何と返したらよいのか分からず立ち尽くしていると、
「本当は、そのまま旅立ってもよかったのだけど、少し心残りだったから」
と、伊織は静かに告げた。そして、僕の様子を窺うようにじっと見つめた。
僕に心残り?
本当に?
だって、君は僕のこと本当は好きじゃなかったでしょう。
そして、新たな恋を見つけて僕の元を去っていったじゃないか。
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