出会いと慣れ

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出会いと慣れ

 正直、最初はふつうに苦手な人だった。 「霜田(しもだ)です、よろしくお願いします」 「神里(かみさと)です……ええと、霜田さん? もしかして……新卒?」 「いや、去年入社したところで」 「あー、なるほどね。めんどくさいから、霜田先輩って呼んでもいい?」  最初、部署内の簡単な挨拶の後、自分が教育係だと伝えたときの応対がこれである。 「はあ?」  当然、ふつうに、困惑した。  見た目のチャラさなら、たぶんこっちの方が勝ってるのに、一枚上手だ。 「そのほうが、俺に後輩感出てやりやすいと思うんだけど」 「まあ、そうかもしれない……ですけど」  タメならまだしも、年上。  身なりもわりと営業っぽい雰囲気のひとに押されてる実感はあった。  見た目だけでいうとただ金髪にしてる自分よりも毛先までふわふわの茶髪のほうが、なぜだかチャラく見えるという不思議な知見も得た。  同業で他地域の大手に勤めてたひとが、わざわざ不便な地域のイチメーカーに来たのだから、なんというか、居心地が悪かった。  見た感じたぶん170にもいかないくらいの身長なのに、わりとがたいがよくて、工場の重量物もなんなく運んでるし、茶髪のパーマが珍しいのか、パートのおばちゃんたちは目下彼の動向についての噂話に夢中だ。  特に、昼の休憩時間は。 「ねえねえ、霜田ちゃん、今日は彼、どうしてるの?」 「……上里サンっすか」 「そうそう、上里くん、いっつもお昼食堂で食べないじゃない?」 「なんか霜田ちゃんから言ってもらえたらいいのに」 「「ねえ?」」 「……はは、そう……すね」  年長のお二人、兼田(かねた)さんと金子(かねこ)さんのステレオため息に挟まれながら、俺は自分の席に戻る。  ちなみに、俺は霜田〝ちゃん〟で、向こうは〝くん〟だ。  なんかこう、男としてのランクの違いを感じていやになることもある。が、ここでのランクを上げてどうなるのだと冷静に思い返し、頭を振った。  男むさい職場に、華がきた、目の保養、声もいいしね、などなど、ここにいない後輩の話が聞こえてたけど、これも日常茶飯事。  まあ、俺とかほかの先輩たちも一回はネタにされてたらしいけど、当然ながら俺のいないところで言われているのだから、正直それ以上のことはわからない。  「普段の素行によっては今後の仕事運営に響くから気をつけろ」とは設計の係長、うちの上司からだ。  うちの係に来るパートの人たちの目線が、係長にだけなんとなく冷ややかで、何がなくてもえー・でも・だって、とつっかかる時点で、過去、なんかあったんだろうな、とは察した。  ゆえに自分は、それはそれはほどよいお付き合いをしようと学んだ。  結果、孫のような〝ちゃん〟なポジションにいられるのだから、この一年の努力は無駄じゃなかったと言っていい。  とりあえず午後からも頑張りましょうね、で置かれたのは一口大の桃山だった。スーパーとかで小分けの袋菓子になっているあれ。が、ふたつ。 「いつもすんません」 「もー、そうやってネコちゃんの好意を適当にして」 「いいのよ、私が好きでやってんだから。カタちゃん本当に心配性ねえ」 「ネコちゃんが甘すぎるのよ」  ちなみにこの二人の名字がそっくりさんなので、うちの会社では兼田さんが「カタさん/ちゃん」で金子さんが「ネコさん/ちゃん」ある。  特に、ネコさんには自分が餡子好きなのがばれてからは、定期的に小さめの和菓子を提供していただいている。  代わりにネコさんだけでなく、カタさん分まで力仕事をしているから、正直これはただの天丼である。  机上にあった電波時計の数字が変わった瞬間、扉が開く音がした。休憩終わりまで残り5分とベストな時間。おつかれさまですー、なんて軽い声に振り返る。    やっぱり、上里サンだ。  目が合った気がして、すぐ振り返る。なんとしてでも、このお菓子は、食べる。  その人は一直線に俺の机の前にきて、小さなプラスチック包装を、つまもうと、した。 「ちょ」  慌ててその手と包装の間に、自分の手を差し込んだおかげで、一瞬上里サンの指先が俺の手の甲にぶつかる。  死守。  若干ちっと聞こえた気がしなくもない。が、これはもう、俺の、だ。 「センパイ、それ俺の分じゃないの?」 「……あげないっすよ」 「ええ?」 「いるならちゃんとネコさんに聞いてください、これは俺がもらった俺の分」 「霜田センパイけちくさいなあ」 「上里サンに言われたくないですけど」  はーあ、とわかりやすいため息をついて、包装を開き、口に頬張る。  パサパサの餡に、自分の唾液が絡む。ガツンと砂糖です、と主張してくるのは嫌いじゃない。本当はもっとゆっくり食べたかったんだけどな、と思いながら、残り4分になった時計を見つつ、時間内に味わえるよう口の中で広がる甘みを堪能していた。 「ネコちゃん、ほらだから言ったじゃない、一個にしときなさいって」 「でもねぇ、カタちゃん? 霜田ちゃんがここまであんこが好きって思わないじゃない……」 「それもそうよねえ……」  わざわざ、聞こえるように、お二人は話しているけど、向かい側だから、まあ、いいかと思う。 「あーあ、口が和菓子」 「……」  そして隣に座った件の後輩はこの図々しさである。なぜ隣の席なのかと言われれば、去年までそこが空き席だったからに他ならない。自分と、係長にネコさんカタさん。そして、隣の新人と、たまーに、他部署からの応援。それでうちの係は成り立ってる。  去年までも覚えることがいっぱいで、気付いたら一年が過ぎ去ってしまったが、今年も同じくらい、早い。  正直、春先の記憶がまったくない。いや、たぶん上里サンがちゃんと仕事をしているんだからある程度は教えたりあれこれしたり、はできたんだと思う。  けど、もう、気付いたら夏も過ぎた。制服の隙間から入り込んでくる温度も大分冷え込んできた気がする。  相手は社会人として「とりあえず三年」を守ってここに来た男、らしい。というか履歴書をさらっと見せてもらった。大卒。社会人経験。  短大から就職の自分を振り返る。  うらやましいとか、ない。たぶん。  しかも、ここの会社はわりと、そういうのにゆるい、らしいから、実力、あるのみ。  他社でどうだったかは知らないが、うちでのその人は、なんというか、要領がいい。絶対に遅刻はしないが早出もしない絶妙な時間に出勤するし昼休憩もとる。  社内でそういうのができるやつは、なかなかいない。係長に至っては秒で昼を済ませて、すぐこの部屋に戻ってくる。  だからそれが普通だと認識した俺にとって、この上里サンは、自由きままなだから前の会社に合わなかったんだろ、と勝手に思い、溜飲を下げたのだった。
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