職場の〝後輩〟

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職場の〝後輩〟

 上里サンは苦手だ。  ツンケンするのも違うと思うが、比較されているように思えてしまうのだから仕方がない。  しかも、仕事になれば頼れる男だから、タチが悪い。  自分よりも静かにキーボードを叩き、オレの苦手な外線電話にも出て、ついでに電話越しの愛想もいい。  三拍子、ふつうに、つよい。 「せんぱーい。納期、これどうしたらいいのかな」  そのうえ、社内では先輩呼びである。  割と冗談っぽく言ってないのがタチの悪さポイントを上げている。ちゃんと聞かれているときもあるし、ただのちょっかいのときもある。後者は半年経ったんだから、いい加減にしてほしいとは思う。  思うけど、言わない。多分態度に出てるけど、言わない。  それくらいの分別は、ある。 「……あー、そうですね、そこは三日猶予で、午後発注ならもう明日の午前扱いっすね」 「了解。じゃあそれで補充しとくね」 「よろしくお願いします」 「はあい」  あっさりと手際よく、オレがこれまで一年でしてきたミスらしいミスもなく、さらりとこなしているのはやはり元々同業者だったからなのだろう。  最初の一ヶ月くらいは前の会社との違いにあれこれ困惑していたようだが、それもこの有様。さっさと慣れてしまったらしい。 「……はあ」  オレはゆっくりと立ち上がり、とぼとぼと歩いて週次の報告書を、係長に提出した。  レポートのようなそれのタイトルは「指導報告書」だ。  つまり、オレは毎週、上里サンの仕事が出来すぎることをほうこくしているわけである。  来月からは月次に変わると聞いているから、それだけで、少し、ラクになりそうな気がするとは、思っている。 「先週の分、オネガイシマス」 「ああ、ありがとう。大分慣れたんじゃない、上里サンの扱い」 「慣れないっすよ。普通に、あの人のが年上だし。ふつう係長とか、年上の先輩とかがするもんじゃないんですか?」  当然のように「霜田くんが担当ね」と言ってきた係長に、そろそろ文句も言っていいだろう。わりと、さっきのやりとりもこたえていたらしい。  オレはそんな思いで、愚痴をこぼしてしまっていた。  が、係長からの反応は、案外あっさりとしたものだった。 「いや、うちは入った順番で一番年数が若いやつがつくことになってるから」 「は?」  思わず呟いた言葉に、係長のほうが「なんで?」って顔をしてこちらを覗きこんできた。  ということは、事実、なのだろうか。  ありえない。  ふつうに、同期より下くらいならいいけど、なんだって年上に。 「うそでしょ」  そんな思いから、復唱するようなつぶやきを、漏らした。 「嘘じゃないよー。隣の課なんて、ほかの会社の早期退職した人を霜田くんと同じ年齢の新卒さんが教えてたこともあったからねえ」 「……ええ?」  それはやだ。  普通に、素人ペーペーがおっさんおばさんに教えるの、つらい。  ネコさんとかカタさんみたいにやさしいひとかどうかもわからないし。  ちら、と後方を見る。そこに人影はない。  親ほど歳の離れたひとたちに比べたら上里サンはマシか? マシの部類なのか?  そんな困惑をよそに、係長はそのまま続ける。 「できるひとがきてくれてよかったじゃない」  さらに係長はちょいちょい、と手を振ってオレを呼ぶ。  なんですか、と体を近づけたところ、他部署とのやりとりで盛り上がっている上里サンが、見える。そっちにいたのか、というよりも、オレの胸に過ぎったものは、たぶん寂しさだ。  普通に、数年前からいる社員のようにも、見えた。 「……まあ、そう、ですね……」  くやしい。  素直に今浮かんだ感情を言葉にすれば、そういうものになるだろう。  オレの一年、なんだったんだろう、なんて。  そんなくだりがあって、さらに一ヶ月が過ぎた。まもなく外回りだと背広が必要になるだろう。  ようやく、上里サンにも慣れてきたと自覚し始めてきた頃、ちょっとしたことが起こったのだった。
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