選べない

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選べない

 ぼんやりと見ている画面は、ただの表計算ソフトだ。  だが、ここに掲載されているのは、仕事のデータではなく、近所のオススメ居酒屋リストと、それにいつ、何人が参加したかというがっちりとしたリストだ。 「次、どこにしよ……」  夏場のビアガーデンでの宴会は大変だった。新歓とは名ばかりの、接待。  そんな意味を理解できたのは、オレが二年目になったからだろうか。  去年は次から次へとやって来る見知らぬ先輩たちに、料理やドリンクを所狭しと並べられて、なんとか乗り切った。  気づけば二次会三次会で、帰宅したのは日付が変わってからのこと。だから今年はちょっとでも料理や雰囲気をたのしみたい。  そんな心持ちで向かったのに、残念ながら、今年も全く同じ流れで帰宅したのは想定外だった。  オレも回らなくては、と思っていたのに、なんだかんだ、上里サンのお付きの人みたいになってしまっていたからだ。  オレが選ぶのではなく、上里サンからの「あれおいしそう」とか「あれいいなぁ」とか、そういう発言があって、ほかのテーブルに回る分まで取ってきたというのに「そこで食べないの」なんて言われるのだ。 「オレも、ほかのテーブル行かないとなんですけど」 「べつに仕事でどうせ関わるんだから、いいでしょ」 「それを一番言いたいのは上里サンなんですが」 「でもこっちも、新人だよ?」 「ぐ……っ」  口喧嘩は本当に、勝てない。  だから逃げてしまいたかったのに。  ぐぬぐぬ言いながら目の前の唐揚げに手を付けようとしたところだった。 「あれー、霜田動いてないの」  同期の津地(つち)が、のほほんとやって来た。こいつは、とても、ひとのいい穏やかなヤツ。あだ名はゆるキャラよろしくツッチーだ。広報でもその名前で周知されている。  最高のタイミングだと思った。 「え、ああ、ごめん。上里サン……ええとツッチー、この人うちの新人サンだからよろしく。ああ、オレの席使って」 「え? いやでも……」  チラチラと上里サンとオレとを見比べるツッチー。気にしてくれているのはわかるが、オレも、そろそろ自分の仕事がしたい。 「いいから! じゃ、また!」  ツッチーにはキョトンとされたが、オレはオレで必死だった。というか、むしろ同期が来てくれないと席を外せないという状況はなんだ。  むかむか、とはなんか違う感情がぐるぐるしていた。  グロッキーなオレとは違って、翌営業日もケロッとしていた上里サンは、ほんとにそういうのに慣れてるんだと思う。  それでなくてもうちの会社は「交流会」と称した飲み会が多い。ほかの友人らから比較すると、特に多い、らしい。  数年目までの若手は支払う額も微々たるものだから、そういう場にもよく顔を出し続けるのが通例だとなんとなく聞いていた。  一応聞いた通りには出来ているとは思うけれど、しんどい理由もわかっている。  だから一応、秘密にはしておきたかったのに、と思うところは、あった。  そんな空気も夏をすぎると、ようやく減ってきた。いよいよ忘年会の出し物がどうだこうだと言い始められた時期が、近づいている。
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