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ガヤつく店内に、同僚数名と、関連会社の人たち数名。
割合男が多いのも、なんというか、業界的なものがあるのだと思う。
「ここ、霜田くんが選んだの?」
聞いてきたのは、やはりなぜか隣にいる上里サンである。
「いや……同期たちと候補選んで、それで各自別の人が行ってみて雰囲気見てくるって話で。交流会にぶつけたのは、まあ……そうですね」
テイのいい世間話のひとつだろう。毎度毎度、横にいられると落ち着かない。普通に仕事モードが抜けない、とも言う。ぽそりと、センスいいのに、なんて聞こえてきた気もしたけれどきっと気のせいだ。
「ここ、結構値段のわりにコスパよさそうだけどね」
「それはオレも思いました。ただ、本人も言ってたんですけど、人数がいけるかなっていう」
「ああ。確かに。なんとなく女子が選んでそう」
「いや、ここ、男が選んでます」
「あ。そう」
「センスいいんですよ、そいつ」
ケラケラと笑うその人からは見えないところに、先日オレに助け舟を出してくれたツッチーこと津地がいる。彼のチョイスだと聞けばきっと上里サンも笑ってくれるだろうか。
彼の、年の近い妹さんが某グルメサイトの優良レビュアーだというのは言わないでおこうと思う。もちろんツッチーが行きたいと言う場所の半分は、だいたい妹さんが行けないような、男臭いエリアだということも。
こんなのんびり飲んでいいのかと思うほど、穏やかな時間だった。
外部の視察が重なったので、ついでに宴会を、とのお触れのもと、同期らの中でオレが店の提案をして、それが上司に採用されたかたち。もちろん駄賃はある。
幸い、近くにいるのは上里サンくらいの世代までで、上司たちの席とは離れている。
そして、普段話さないような視察先の社員らとわいわいしているのは楽しかった。
が、それも飲み始めまでだと知った。
皆にアルコールが回り始めたころ、近くにいる人たちの飲み物の、色が変わった。透明感はあるが、とっくりや升に隠されている、その強い飲み物。
間違いなく日本酒だろう。
冷やだのなんだの言ってたけれど、そういうものは全くわからない。そもそもメニューに書いている漢字の読み方すら不安だ。が、周囲の人たちはよくわからん漢字を朗読して、さらっとそれぞれの器からアルコールをあおっていた。
尊敬はするが、どうにも自分には勝手がわからない。
読めない。味の想像もつかない。そして度数が高い。
悪い方の、三拍子である。
なんなら香ってくるアルコール臭だけで、酔えてしまいそうだった。
「……ねえ、霜田クン」
「なんすか」
「もしかして、お酒にがて?」
「……チューハイなら、まあ」
「ふうん」
完全にお手上げ状態の自分を救ってくれそうなのが、隣にいたひとだった。自分よりちょっと大人で適度に飲んでて、ついでに饒舌。
上里サンは、あっさりとソフトドリンクのエリアを指さして、オレに問うた。
さすがにアルコールは飲まないと、と思ったので眉間に皺を寄せると、上里サンもさすがに困った様子だった。
うーん、と言いながら、両面刷りのメニューを確認している。
「果物系は大丈夫そう?」
「ライムとか、グレープフルーツは苦いんでちょっと。それ以外はわかんないっす」
「へえ?」
茶化したわけではなく、単純に知識として拾ってくれたのだと思う。
それは、まあ、いい。
けど、なんだかハタチなりたてみたいな扱いを受けているようで、正直気まずい。
「……いつも白サワーばっかなんで」
「じゃあ、今日のは合わないだろうねえ」
「……っす」
愛しの白サワーは今回のメニューにはなかった。ノンアルコールの欄に乳酸菌飲料自体がなかったということは、この店のサーバーに原液がないということ。諦めるほかないととりあえずビールをじんわり飲んでいた。
ほかのチューハイはあったが、どうも味がガツンときそうなものばかりで二の足を踏んでいた。ほかの席から「ここのは度数が高い」なんて聞こえてしまったのだから、仕方がない。
「コークハイくらいにしといたらいいと思うよ。めちゃくちゃ薄いやつ」
「……?」
「あ、ウイスキーもだめ?」
「いや、コーラのチューハイもあるんすね」
「……あー、そっち」
「へ?」
なんちゃらハイ、はチューハイの仲間じゃないのか。
そう思って呟いたが、どうやら部門は違うらしい。
こっち、と指さされたのは、チューハイの欄ではなく、有名メーカーのロゴの入ったウイスキーの欄である。
察した。
飲みたくない。
そんなオレの露骨な表情を読まれたのか、上里サンは手元のアルコールをあおりながら、オレに呟く。
「今日は普通のコーラにしときなよ」
「……でも」
「ここの人たち優しいから無理強いしないでしょ」
適当にソフトドリンク増やしとくし、普通に、飲みたいもの飲んだらいいよ。
そう言って、店員を呼ぶベルを鳴らした。
相変わらず、できるひと、だと思う。ますます子どもに見えてくる自分が、いやだ。
「上里サンは、その」
「うん?」
「いろいろ、飲んだり」
「してるしてる。最近はワインかなー。安くておいしいの探してる」
「……わいん」
お酒に強いんですか、なんてさらっと言えたらいいのに。
案外顔の赤みも出てきたその人の表情がちょっとだけ幼く見えたのは、ナイショだ。頼れる年上のくせに、なんて、今日はそんなことばかり考えてしまう。助けてもらっているのになんというアレだとは思うけど、それはそれで、これはこれ。
悶々としているオレに、上里サンは言った。
「こんど、うちで飲む?」
「は?」
「外でグラスって高いし、ハズレるとつらいよ」
「まあ、それは」
正論だと思う。けど、特段仲もよくないこの人は一体オレに何を求めているのか。
聞かれたことを咀嚼しきれないまま、上里サンは続ける。
「宅飲み、したことないとか」
「いや、それはないです。ふつうに大学のときしてましたし」
「じゃあうちでもいいじゃん」
そこで、たとえば彼女的アイテムとか、お気に入りのあれやこれやを見てしまったらあまりにも気まずすぎるのでは、とオレは考えた。
瞬時に。
すぐに。
「いや、上里サン相手とかいるでしょ」
「いないいない。いたらこういう場所も来ないよ」
「?」
「どうせ忘年会で下見させられてんでしょ。たまには自分のために飲んだら?」
そしたら好きなアルコールも見つかるかもしれないよ。
上司にも気に入られる可能性だって上がるでしょ。
淡々と、それはもう正論のように言われてしまったら、オレも先のことは言えない。
うちの会社はなくても、もしかしたら、今後、取引先でのあれこれがあるかもしれないじゃないか。
うん。
諦める。
ぐい、と残りわずか、泡も消えたビールを、気遣いだけで飲み干した。
「オネガイシマス……」
ちょうど、そのタイミングで店員さんがきて、オレの目の前にはただのコーラが置かれた。本当に、周りの人はなにも言わなかった。
店員さんが来たのをきっかけに、席替えのターンがきたようで、上里サンもオレの隣を離れた。
ちびちびと、強い炭酸のコーラを飲みながら、隣に座った他社の人と、同期らと、最近話題の製品についてあーだこーだと言い合っているうちにお開きになった。
オレは二次会にも行かず帰ったが、上里サンの方は三次会まで行ったらしいと翌営業日の朝イチにネコさんカタさんとのやりとりで知った。
だから、正直オレとの約束なんて忘れていると思っていた。
これを後悔することになるのは、もう少し先の話である。
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