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遠くの思い出
「恐竜……好きかい?」
そう優しく微笑みかけてくれたのは、初老の男性だった。
白髪交じりの頭に、銀縁の眼鏡、フレームの向こうで穏やかな曲線を描く目尻。
とにかく印象に残った。
ティラノの骨格であれ、アンモナイトの化石であれ、その場にあるもの全てが取るに足らないと感じてしまうほど。それは強烈に、深く、脳裏へと刻み込まれていた。
確か小学3年生の夏だ――。
当時両親は共働きで、学校が長期休みになる度に福井の田舎へ預けられていた。
直線的に伸びる道路と両脇に広がる田んぼ。遠くには山が覆いかぶさるように空を突き刺していて――端的に言えば何もない。より具体的に言えば人工物が驚くほどない。けれどそれが良い。東京生まれ、東京育ちの自分にとって、田舎での暮らしは刺激的で、多少の不自由でさえも「新鮮さ」の一部として内包されていた。
小さな博物館に足しげく通っていたのもその一環。
お手伝いで貯めた300円を握りしめ、今日もそこを目指す。
歩道のない県道。路側帯は今にも消えかかっていて、車道との境界は限りなく曖昧。それでも絶対安全……言い切れるほど出会う車の数は疎らで。道路以外の人工物といえば、視線の遥か遠くに小さく浮かぶ建物が一つのみ。
混じり気ない青の下、陽炎に揺れる三次元と蝉が掌握する聴覚域。常世か幽世か。いずれにせよ自分ひとりだけ、世界から取り残されているかのようだ。人が手を加えた物が限りなく介在しない空間だからこその錯覚なのかもしれない。
そんな体感は永遠のようで刹那的、表裏一体だった。
離島のごとく遠方に見えていたそれは、今や自分の身体よりもはるかに大きい構造物として目の前に鎮座している。この建物こそが定期的に通っている博物館それである。
家を出てどれくらい歩いただろうか?
長かったように感じるし、そうでもなかったように思う。
実数に直すと時間にして約20分、距離にして1.2キロメートルだというから、やっぱりそんなに歩いていない。
感覚なんていい加減なものだ――早くからそれを自認できたのも、この地での暮らしが大きいか。
やっぱり刺激的で良い。
すでに知的好奇心(に近い何か)はかなり満たされている。しかし、主食はここからだといっても過言ではない。ここでは本やテレビでしか見たことのない品物がいくつも置いてあるのだ。想像するだけでもワクワクする。
入口の自動ドアの前で一度立ち止まる。息を呑み、小銭を握る左手に自然と力が入った。
屋内は外の熱気や蝉の爆音とは違い、涼しく、そして静かだった。まさに一線を画すとはこのことを指すのだろう。それくらい内外の差は歴然としていた。
身長より少し高い受付台に100円玉を3枚置き、奥へと足を進める。
平日昼下がりの博物館に人はおらず、いわば完全な貸し切り状態だった。
手前の歴史民俗コーナーから順にゆっくりと見て回る。ただ、いかんせん漢字が多く、「これが農具なのか」とか「こっちは武器か」とか……そういう浅い部分しか理解していないのが実態。そもそも解説にはほとんど目をやっておらず、品物を見ては何となくで判断をしていた。
理由がそれなのかわからないが、割とすぐに飽きてしまう。
そして足は奥の太古コーナーへ。
そちらに並んでいるのは何万年も前の生命の欠片。どうにも自分にとってはこういうものの方が見応えがある。それは命あった頃の状態を容易に想像できるからかもしれない。
時間を忘れて見入る。
ふと声をかけられたとき、時計の長針は記憶から二回りほどしていた。
「恐竜……好きかい?」
声の主は博物館の館長だった。
話しかけられた後、どういう話をして、何がどうなったか、実のところ覚えていない。
ただ、今後の人生の指針が定まったのはその瞬間だったのだ。
あれから幾年と時が流れ、振り返った頃にはその博物館はなくなっていた。
思い出は美化される――されど現実は風化する。
だからこそ自分は過去を美化し続けるし、誰かに美化される過去になろうと努力する。それは未来永劫。例え魂が尽き、化石となろうとも変わらずに。
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