《様子がおかしい麦倉くん》

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《様子がおかしい麦倉くん》

麦倉くんが島に遊びに来たから、明後日から休みを取ると言う司紗。正直、麦倉くんと二人きりでは気まずかったので助かった。 翌日、司紗が仕事に出たあと、麦倉くんと二人になってしまってどうしようかと落ち着かなかったけれど、先生のところに行かないかと誘うと「いいのか? 」と嬉しそうな顔をしたので意外に思う。 「こんにちは」 「おぅ、幸汰、いらっしゃい」 先生が笑顔で出迎えてくれると、後ろにいる麦倉くんに眉をあげて視線を移した。 「はじめまして、麦倉といいます」 だれ? という感じで、それでも笑顔を崩さずに僕に視線を戻した先生。 「僕と司紗の同級生の麦倉麻純さんです」 「ほぉ、司紗と幸汰の同級生ってことは高校時代の同級生か、んー、司紗に負けず劣らずいい男だな」 先生のそんな言葉に、少しもやっとする。 学校に行っている子もいて、小学生の子が一人と、中学生の子は二人とも先生の家で自習をしていた。 「幸汰が来てくれたなら勉強は見てもらえるな、じゃ、俺は釣りにでも行ってくるかなっ!ゆっくりしていってくれな、麦倉くん」 勝手だな、とは思って笑ったけれど頼りにされているみたいで嬉しい。 「ありがとうございます」 そう言って頭を下げている麦倉くん、なんだかんだお行儀がいい。 小学生の子が座卓で勉強を一生懸命やっている。 「何年生? 」 「…… 五、年生…… です」 麦倉くんの突然の問いに、戸惑いながらもその子が答えていた。 「鉛筆、借りていい? 」 「…… どうぞ…… 」 鉛筆を借りると、近くにあった用紙に何かを描き始めた麦倉くん。 「ほら」 「………… え…… 」 「すごいっ!そっくりだっ!」 思わず僕が大きな声を出してしまった。 麦倉くんがスラスラと、その子の似顔絵を簡単に描きあげて、それが本当に特徴を捉えていて驚いた。 「…… もらっても…… いいの? 」 「もちろん、簡単でごめんな」 なになに? と中学生の子たちも寄ってきて、「僕たちのも描いて!」なんてせがまれて、嬉しそうに麦倉くんは描き始めていた。 「すごかったんだよっ!学校から帰ってきた子たちも描いてくれって大人気でさ、麦倉くんっ!」 夕飯を三人で食べているとき、僕が興奮して鼻の穴を広げ報告した。 「へぇぇぇ〜〜、さすが美大に行っただけあるな」 「よせよ」 それでもクールな麦倉くん。 僕だったら、 ── やめてよ、恥ずかしいから…… なんて赤い顔しちゃうのにな、って思いながら麦倉くんを少し眩しい瞳で見つめた。 「美味いな、このゴーヤチャンプル」 「違うよ、ゴーヤーチャンプルーだよ」 すかさず僕が麦倉くんにそう言った。すっかり僕も島に馴染んでる、って言い方だけだけど。 司紗も休みを取り、岩垣島の観光や他の観光名所の島に行ったりと、僕も行ったことのない所へ行けて、楽しく過ごす。 「俺もここ初めて来るんだよ」 そう言って、それでも一番目を輝かせていたのは司紗、麦倉くんも楽しそうでよかったけど、時折見せる淋しそうな横顔は、やっぱり気になる何かを感じた。 「…… やっぱり麦倉くん、何かあったんじゃない? 」 「なんもないだろ、いつもどおりじゃん」 司紗に言っても、そんな答えしか返ってこない。 今は司紗のことを何とも思ってはいないだろうけど、こうまでなると、かつてずっと想いを寄せていた麦倉くんが不憫に思えてしまう。 お風呂から上がってリビングに戻ると、縁側で司紗と麦倉くんが並んで座っている背中が見える。 少しドキッとしてしまって、静かに、物音を立てずに僕は縁側に近付いた。 「すげーな、今にも降ってきそうな星空だな」 「…… 麻純、お前、なんかあった? 」 心臓がドクンッと大きく打った。 僕が麦倉くんのことを言っても、あんなふうにしか言わなかったのに、やっぱり司紗だって麦倉くんの様子が変なことには気付いてたんだ。 なんで、僕には何でもないふうに言うんだろうって、ひどく胸がザワザワもやもやした。 「ねぇよ」 「…… なら…… いいけど…… 」 明らかに心配気な司紗の声。 いまだに入れないような二人の空気に、心臓が締め付けられて痛い。 やっぱり、麦倉くんは司紗を忘れられないのかも…… そんなことを思ってしまうと止まらなくて、もやもやざわざわ、やきもき、悶々とした。 「なにっ!? これっ!? 」 夜中にトイレに起きた司紗が驚いた声を出した。 「あ…… 」 すっかり寝ていた僕も腕を引っ張られて目を覚ます。 「なんで俺の腕と幸汰の腕が、紐で縛りつけてあんの? 」 …… 夜中にこっそりと、和室で寝ている麦倉くんのところに行かないか心配だったんだ、なんて言えない。 「…… 司紗と離れたくないから」 「なんだよ〜〜、離れるわけないだろうっ!全くもうっ!幸汰は可愛いんだからっ!」 離れたくないと言われ、ご機嫌になった司紗には怪しまれないで済んだ、よかった。 一旦紐を解き、トイレに行って帰ってきてからもご機嫌の司紗が、いそいそとまた自ら僕と腕を縛ってくれる。 「麦倉くん、何かあったのかな? 」 もう一度、わざと訊いてみた。 「いつもと変わんないじゃん、気にしすぎだよ幸汰」 どうして僕にはそんなふうに言うの?
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