《麦倉くん、また来てねー!》

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《麦倉くん、また来てねー!》

翌日、僕は麦倉くんに少し冷たくしてしまう。 何か言われても素っ気ない返事をしたり、話しかけもしない、目も合わせなかったし、司紗と二人にも絶対にさせなかった。 早く帰らないかな…… なんてことまで思う。 「明日、帰るわ」 僕がそんなふうになった翌日、突然に麦倉くんが言った。 ほっとしたような、 ── 早く帰らないかな などと思った自分に後ろめたさも感じて、居心地が悪い。 「まだ居ればいいじゃん、俺、明後日まで休み取ってるし」 「ああ、さんきゅ。描きたい絵が浮かんだから帰るわ…… 次の個展に間に合わせたい」 「どう? 順調? 個展」 司紗と麦倉くんの会話を無言で聞いていた。 「個展って言ったって、知り合いの小さなカフェ店でやるだけだから大層なもんじゃねぇよ、まぁ…… でも、観てくれてる人の顔を見るのは楽しい」 「悪いなー、ここからは遠くて行けなくてー、なぁ、幸汰ー」 冗談ぽく言って僕に振るから、顔を引き攣らせながら小さく頷いた。 「東京にいた時から一回も来たことねぇじゃん」 「あれ? そうだった? 」 すっとぼけている司紗を鼻で笑う麦倉くんと目が合って、咄嗟に逸らしてしまう。 「邪魔したな」 それでも小さな笑みを浮かべて麦倉くんがそう言ってくれるから、僕はさらに後めたさが募った。 岩垣島の空港まで見送りに行くと言う司紗に、美月島の港まででいいと言い張る麦倉くん。 「ちゅーやいぃわーちちやんやー」 「ね、明日も天気がいいみたいで助かるね」 「………… 」 フェーリーの船員さんと司紗が何を話しているのか、会話がさっぱり分からない麦倉くんが、眉をしかめて二人を見ている。 「…… 今日はいい天気だね、って…… 」 こちらの言葉がだいぶ分かるようになった僕。 冷たくしてしまった麦倉くんに申し訳なくて、最後に話しかける。 そう話した僕を見て、ふっと笑うと僕の耳元に麦倉くんが寄ってきて言う。 「ホントに、司紗とはもうなんでもないから…… てか、俺、失恋してよ、傷心旅行なんだわ…… お前らの仲睦まじい姿が微笑ましくて癒されたわ…… ちょっと、元気も出た」 麦倉くんが僕の耳元で話す様子が、司紗にはキスをしていたように見えたようで、いきなり麦倉くんに殴りかかった。 「てめぇーっ!麻純っ!幸汰になにしてんだよっ!」 いきなり殴られて、反射的に麦倉くんも司紗を殴り返した。 港にいた人たち皆んな、既にフェリーに乗っていた人達でさえ、下りてきてまで司紗と麦倉くんを押さえる。 この二人がセフレ関係だったなんて言ったら誰が信じるだろう、って…… 言わないけど…… そんなことを思いながら、僕は必死に司紗の体を押さえて麦倉くんとの殴り合いを止める。 え? というか、失恋した…… って? 麦倉くんは誰かを好きになったんだ、本当に司紗のことは忘れたんだ、もう本当に想いはないんだと分かって、ホッとしたけれど、“失恋した”という言葉にひどく胸が痛んだ。 知らなかったとはいえ、司紗とのことを怪しんで麦倉くんに冷たくしてしまった。 「二度と来んじゃねーぞ── っ!!」 沖に向かうフェリーに司紗が大きな声で叫ぶと、大笑いしているような麦倉くんの様子が分かる。 申し訳なさでいっぱいになる。 僕が思いっ切り大きく手を振りながら、 「麦倉くーん!また来てねー!!」 って、司紗に負けない位の声で叫ぶと、麦倉くんらしくない、すごい勢いで手を振り返してくれて途轍もなく嬉しかった。 「…… ったくよ…… 油断も隙もあったもんじゃねぇ…… 」 港からの帰り道、麦倉くんが僕にキスをしたと、まだ思い込んでいる司紗の機嫌が悪すぎた。 「麦倉くんが僕にキスしたと思ってるの? 」 「言うなっ!言うなよっ!幸汰っ!」 聞きたくないと耳を塞いでいる司紗。 「麦倉くんあの時、僕の耳元で話していただけだよ」 「なにを? 」 キスじゃないと話しても、まだ不機嫌そうな司紗に、言っていいものか悩んだけれど、このままでは誤解が解けないと思い、話してしまう。 「…… 麦倉くん、失恋したんだって…… だからなんか様子がおかしかったんだね」 「失恋? 誰に? 」 「それは知らないよ」 麦倉くんの失恋を知り、気持ちを入れ替え怒りがおさまってきたような司紗。 「………… てか、なんで幸汰には失恋したって話したの? あいつ」 僕が司紗とのことを疑っているって麦倉くんが気付いたからだよ、なんて言えるはずはない。 かつて麦倉くんは、ずっと司紗を想っていたことを司紗自身は知らないから。 「司紗に話すと、うるさいからじゃない? 」 そんな言い方で誤魔化した。 「…………… 」 立ち止まって司紗が真剣な顔をしている。 あれ? 言い方、悪かったかな。 傷ついちゃったかな、「ごめんね、違うよ」って謝ろうかな…… 。 などと思いながら歩みを進めて、言ってしまったことに後悔した僕。 謝ろうと振り向いた時、ものすごい勢いで走り寄ってきて、ものすごい大きな声で僕に訊く。 「俺っ! うるさいかなっ!?」 「うるさいよっ!!」 番外編『 僕たちの新しい生活』 ── fin ──
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