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おじいちゃん
理子は短い脚を精一杯に上げて、時には手もついて、川の上にせり出しているお稲荷さんのお社に登っていく。
階段が酷く急で、足の小さい理子には踏面は丁度良くても高さが身体の半分位もある階段は、動物のように四つ足でないと、なかなか登れなかったのだ。
「ふぅ。ついた。」
まだ5歳の理子は、本当だったら一人で、トラックの多い国道には出てはいけないはずなのだが、この日は大人が忙しかったらしく、普通に
「行ってきます。」
と、言って家を出てきたのだった。
お稲荷さんには国道を5分ほど歩いて、理子の家からは一回道路を渡らなければたどりつけない。
理子はお稲荷さんに着いた時になって、そういえば今日は自分一人だという事に気が付いた。
いつもだったら、一緒に来た大人が理子を抱っこしてお稲荷さんの祠の中を見せてくれる。
そこには、狐さんがたくさん入っていて、時々は誰かがお供え物をしてある。理子はいつも、お供え物を持ってこないけれど、小さな自分の手で、お稲荷さんを拭いてあげる。
山の上で、美しい鹿曲川が見渡せるこの場所は窓も被いもないので、お稲荷さんはいつも埃だらけだ。
祠の奥のほうのお稲荷さんには大人がいても手が届かない。
一人で来てしまった今日は、見晴らし台に置いてある椅子を借りて、そこに乗ってお稲荷さんを拭くことにした。
木の椅子は5歳の理子には大分、重かったが、ようやく引きずって祠の下まで運んだ。
祠を覗いたら、その日はとってもきれいに狐さん達が並んでいて、何かお祝い事でもあったのだろうか、いつもは無い、お酒の瓶までお供えしてあった。
理子は、あまりきれいに並んでいるので、その日は拭くのはやめにした。
とてもくっつけて綺麗に並べてあるので倒しそうな気がしたのだった。
理子は、いつも大人がいる時のように、そのまま山の中へ入っていく。大人と一緒の時でも、左の山肌にぴったりとくっついて、右の沢の方へ落ちないように一列でしか歩けない細い山道。手すりも、綱さえも張っていない、昔ながらのその道を理子は歩いて行った。
そのうち、右に折れる方角に、隣の山に向かう尾根が見えた。
大人と一緒だと、そのあたりまでで引き返してしまう。
あまり長く店を開けていられないからだ。一緒にいる大人は親ではなく店員さんだったのだ。
その日は売り出し中で、誰も理子の
「行ってきます。」
に気づかなかった。理子は普段も一人で静かに遊んでいるので、一人で外に行っているなんて誰も思いもしなかったのだ。
しかし、それだけ時間が経つと、大人たちも理子がいないことに気づいて探していた。
理子はいつも帰ろうと言う大人がいないので、そっちの右の尾根の方に行ってみようと思った。理子は知らなかったが、尾根は道幅が狭く、両側に落ちる危険性がある。
そんなことを知らない理子はそのまま進もうとした。その時。
「お~~い。お~~~~い。」
尾根にさっきまで誰もいなかったのに、お祖父ちゃんが立って大きな声を出している。
驚いたことに、お家のお仏壇に飾られている理子のお祖父ちゃんと同じ顔だ。
写真のお祖父ちゃんは軍服姿だが、尾根にいるお祖父ちゃんは着物を着ている。
「お~~い。お~~~~い。」
ヒラヒラとさようならをする時のように大きく横に手を振っている。
理子は、お祖父ちゃんは知らない人じゃないからついて行ってもいいのかな。と思って、前に進もうとした時、
「理子ちゃん!」
後ろからいつも一緒に来る店員さんが理子を呼んだ。
そして、プリプリしながら理子の手を掴み、細い道を身体を斜めにしながらお稲荷さんまで戻ってきた。
「ねぇ、お祖父ちゃんがいたのに。」
理子がそう言うと、店員さんは
「誰もいなかったよ。一人でお山まで来ちゃダメでしょ?」
「でも、ちゃんと、行ってきますって言ったよ。」
「次からは誰かが一緒に行くまでは一人で行ってきますは、駄目よ。」
そこそこ、叱られて、理子はお店に帰った。
ご飯は一緒に大人が食べていてもお客さんが来ると席を立ってしまうし、理子も大急ぎて食べて、お母さんが片付けられるようにしなければいけないので、話をする時はなかった。
次にお稲荷さんに、店員さんと言った時、狐さんは。またバラバラに転がされていたりして、埃だらけだった。
理子は、小さな手で狐さんを拭きながら、この前一人でお稲荷さんまで来たときのことを、店員さんに話した。
「え?ここで、お祝いする人なんているかなぁ。お祭りの祈願かなぁ。でも、時期が違うもんねぇ。」
「狐さん達もくっついてとってもきれいに並んでいたんだよ。」
理子がそう言っても、店員さんは信じられない様子で、
「じゃ、狐さんが、理子ちゃんがいつも拭いてくれるから、その日はお祖父ちゃんに化けて、こっちに来ちゃいけないって手をバイバイしたんじゃないのかな?」
と、ついに、自分を納得させるように言った。
この時の山でお祖父ちゃんと会ったことを、理子は、その後、何回も夢に見た。
お祖父ちゃんは、理子を呼んだのか。それとも、こっちは危ないと言っていたのか。それとも、本当に狐さんが化けていたのか。
お祖父ちゃんのいた場所までたどりつけば、全部わかったのにな。と、理子は夢を見るたびに思ったものだ。
【了】
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