一、

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一、

むかしむかし、ある秋の夜。 明るい満月を見上げた若い雌狐が今宵、ある術を成そうとしておりました。 それは狐の一族に昔から言い伝えられたもので、命を失うかもしれない危うい術でした。 それでも、この狐は少しも怖がらずむしろ自分が死んでしまうなどこれっぽっちも思わずに、ただ幸せな将来しか頭にありませんでした。 この雌狐は人間の男に恋をしておりました。 まだ、この狐が子狐だった頃、人間の仕掛けた罠に掛かったことがありました。 罠に掛かり小さな片脚を血に染めた子狐を、人間の男が憐れんで助けてくれたのです。 罠を外すと震える子狐を両手に抱え、その男の家へ連れ帰り、暖かい重湯を施し、傷ついた脚には薬を塗って布を巻き一晩抱いて温めてくれました。 子狐にはもう親がありませんでしたが、それは親狐がいた時以来の暖かい夜になりました。 「もう掛かるんじゃないぞ」と翌朝には放されましたが、巣穴へ帰ってからも自分の柔らかい尻尾に鼻を突っ込んで丸くなりながら男の手の温もりを忘れないように何度も思い出していました。 そうして脚が治ると巣穴から出てあの男のところへ行くようになりました。 ただ、人間は元来「狐に化かされる」と言って狐を嫌うのを知ってしましたから、遠くから見ているだけでした。 それにその男は子狐は助けてくれましたが、他の狐は毛を剥いで村へ売りに行っていましたから。 男は人里離れた山小屋で一人で暮らしておりました。 山で狐や狸を獲ったり、畑で野菜を育てて、たくさん採れれば村へ売りに行くようでした。
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