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陽が落ちて辺りが月明かりに照らされた頃、狐は娘の姿になってまた男の家へ向かいました。
近づくにつれ、魚の焼ける良い匂いがして空腹の辛さが増しました。
男の家の戸を叩くと、昨晩のように尋ねられることはなくそのままガラリと戸が開きました。
「本当に来たな。」
男の顔を見ると嬉しくて狐は間を置かずに言いました。
「口づけをしてください。」
男は思わず笑いそうになるのを堪え、敢えて厳しい顔をして言いました。
「まだだ。笠が十出来ていない。」
男はそう言いながらも、体を避けて娘を家の中へ通してやりました。
家の中は良い匂いがして、囲炉裏で魚が焼けているのが見えました。
娘は思わず涎を垂らしました。
それを見た男は嬉しそうに笑って、娘にいいました。
「お前の笠も売った金で魚を買ったんだ。だからお前も食べるといい。」
そう言われた娘は途端に泣き出しそうな顔になりました。
「私は食べられないのです。」
「魚が嫌いなのか。」
「嫌いではありません。好きなのですが今日は食べられないのです。」
「腹が空いていないのか。」
「いえ、堪らなく空いていますが食べられないのです。」
「そうか。」
そう言って男は残念に思いました。
そして断りながらこんなにも食べたそうな顔をしている娘のことを不思議に思いました。
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