満月コンビニ

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 深夜二時の青空の下、冷たく鋭い風が頬を撫でる。  マフラーをもう一周ぐるっと首に巻き付け、手をダウンジャケットのポッケに突っ込む。  空を見上げると大きな満月。満月を見るたびに、月とはこんなに大きなものだったかと疑問に思ってしまう。いつだったか母が、月は地球から日に日に離れて行っているのだから今日みたいな大きい月が見られるのはこれで最後よ、なんて言っていたがはたしてあれは本当なのだろうか。  こうして大学受験勉強の息抜きに見る月だから大きく見えるだけなのだろうか。    俺は受験勉強の合間にふらっと外に出て、風を感じるのが好きだ。  そしてもう一つ、お決まりの行動がある。  家から右に曲がってまっすぐ5分歩いたところにあるコンビニの自動ドアを抜ける。 「いらっしゃいませ! ああ! ニンゲンの君!」  レジから顔を覗かせた美丈夫はこちらを見ると嬉しそうに笑う。  彼は何故だが満月の日にしか勤務していない店員だ。  なかなかに面白い人なのでその日を狙って会いに来ている。  何故かおかしな呼び方をしてくるが、まあ、そういう人なのだろう。 「どうも、元気してる?」 「元気っすよ! これくらいまん丸な月の日が一番元気っすからね!」  こんな時期に半袖制服を身にまとっている元気はつらつな男は腕をグッとまげて力こぶを見せてくる。こんもりとしたそれは、もはや小さな山。 「いーね、こっちは勉強でくたくただよ」 「おっと! それは大変っすね! そうだ、今なら半額のチョコ大福があるんですけど買います!?」  ほーう、いいじゃないか。疲れた脳には甘いものが必要なんだよ。 「それと一番くじも今やってて、お菓子モチーフの可愛いグッズがたくさん。文房具もあるんすよ!」 「いや、可愛い文房具使ったところで試験の点が良くなるわけでもないし」  願掛けみたいなものはあるかもしれないが、結局のところ実力。 「いやいや、何事も形からって言いますし、きっとお守り替わりにもなってくれますよ!!」  ずずいとくじの箱を押し付けられながら値段を確認する。  な、ななひゃくえん。高校生からしたらバカに出来る金額じゃない。 「……」 「ありゃ、お気に召さない? それならこれは?」  彼が手にするのは期間限定でストラップ付きのど飴、200円。  ストラップはオオカミのキャラクター。割と可愛い。 「じゃあ買っていこうかな。あとチョコ大福も」 「まいど!」  レジで品物を購入し少しの間だけ彼と雑談する。  最近は何を習っているだとか、家でこんなことを言われただとか。  個人情報ということでお互いの名前もしらない間柄だけど、クラスメイトと喋るよりも心地良い時間だ。 「じゃ、そろそろ帰るね」 「はいっ! 気を付けて!」  コンビニを出て数分すると、遠くからアオーンという鳴き声が聞こえて思わず口角が上がる。  きっと彼の声だ。  満月の日にしか会えない彼は、きっとオオカミ男なのかもしれない。  なんてね。
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