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「響ー! 頑張れー!」
喧騒の中、凛とした彼女の声だけが耳に届いた。
我が校の文化祭名物「軽音部バンドライブ」。それを観に訪れた観客でそこそこ賑わう体育館。
先日テニス部を辞め、いわゆる帰宅部員の俺は今ステージに立っている。
バンドのボーカルとして。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
軽音部で友人の絃本陸から突然「手伝ってくれ!」なんて言われ、どうせ暇だからとノコノコ着いて来た結果がこれだ。
「ボーカルが急に熱出してさ。マイナー系の曲だから、他に知ってる人がいないんだよ。お前しか頼れないんだ」
そんなことを言われては断りにくい。でも断れば良かった。
琴音が観に来ているなんて聞いてない。知ってたら絶対断ってた。
だって、俺は人前で歌ったことなど生まれてこの方一度もないのだ。失敗するに決まっている。彼女の前で恥をかくぐらいなら友達一人失う方がよっぽどマシだ。
なんて思っている間にドラムがスティックでカウントをとり、陸がギターをかき鳴らし始めた。中毒性のあるリフが広い体育館内をピロピロと軽やかに往復する。続いてドラム、ベース。グルーヴィーな音の粒が空中でパンッと弾け、フワフワと舞い落ちる。
どこからともなく手拍子が沸き起こり、次第に一つのリズムに収束してゆく。琴音も、他の観客も、この場に居る全員がステージ上で始まる何かに期待している。
瞬間、頭が真っ白になり、マイクを握る手の感覚が無くなった。口が渇き、汗が吹き出し、足元から震えが猛スピードで這い上がる。
だめだ。もう逃げられない。
リフの終わりを合図におずおずと口を開く。原曲を超えるほどの疾走感に歌い出し早々置いていかれそうになるが、なんとかメロディーラインの端っこにぶら下がり、あとはひたすら、無我夢中で声を振り絞る。
足を引っ張らないように。悪目立ちしないように。朦朧とする意識の中ただただ必死で歌い、唄い、唱った。
いつのまにか、体育館は地鳴りのような歓声に包まれていた。
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