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「はぁ……やっぱりまたサボってる。バカ響」
グラウンドから聞こえる運動部の掛け声を長い溜息が遮った。
仰向けで空を眺めていた俺は、ゆっくりと起き上がって振り返る。するとそこには予想通り、屋上ドアを開け呆れたような顔で立つ、幼馴染の四宮琴音がいた。
琴音はドアをそっと閉め、当然のように隣に来て座る。左手でスカートの裾を押さえつつ右手で茶色のボブヘアを耳にかける仕草に、俺の心臓のBPMはひとりでに高まった。
「軽音部、今日は活動日でしょ? ちゃんと出なさいよ」
「……お前だってサボってここに来てんじゃん」
「サボりじゃないですぅ。陸上部は今選手だけのミーティング中」
それを言われると何も言い返せなくなってしまう。だんまりとなった俺に、琴音は長いまつ毛を伏せはぁとこれみよがしに嘆息した。
「今度こそ長続きすると思ったのになぁ。バンド、好きになったんじゃなかったの?」
琴音の言葉に約二ヶ月前の文化祭ライブを思い出す。
欠席者の代役として無理やり立たされたステージ。歌など音楽の授業以外で歌ったことのなかった俺は、きっと大勢の前で恥をかくのだろうと思った。
ところが。結論から言えばライブは大成功に終わった。
楽器隊の技術の高さはもちろん要因の一つだが、聞けば、とにかく俺の歌がすごかったらしい。
実際、誰かが撮影したライブ映像が後日SNSに投稿されたのだが、その中の俺の歌唱部分を切り抜いた動画が「1/fゆらぎを持つ奇跡の高校生」と銘打たれ、大バズりしたのだ。
この1/fゆらぎ(またはピンクノイズともいうらしい)が何かっていうのは、調べても難しくてよく分からなかったけれど、まぁ要するに「規則性と不規則性を融合した、人が心地良く感じるゆらぎ」のことで、俺の声はそのゆらぎを含んでいるのだそうだ。
歌手でいえば、たとえば美空ひばりさんや宇多田ヒカルさんなどがそうらしく、自分の歌声がそんな国民的スターと同じだと知った時は正直嬉しくて舞い上がった。ガキの頃から失敗ばかりで何をやっても長続きしなかった俺が、初めて人に誇れる長所を見つけた気がした。
そして何より、ライブ中の高揚感。
俺が声を張り上げるたび呼応するように観客が沸き、狂喜乱舞し、会場が一つになる感覚。それにすっかり魅了されてしまった。
だから琴音の言う通りバンドが好きになったというのは否定できない。
だけど。
「二回目のライブが上手くいかなかったから、拗ねちゃったの?」
「は!? なんで知ってんだよ!」
「そりゃあ観に行ったし」
「そんなの聞いてねぇ!」
「言ってないもん。嫌だった?」
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