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 幼馴染の琴音は小さい頃から足が速かった。  小学生時代はかけっこで六年間負けなし。中学生になって陸上部で本格的に練習を始めてからは、その走りはさらに洗練されていった。  数々の大会で結果を残し将来を嘱望される琴音は俺の憧れだった。  何より、陸上をやっている時の彼女は本当に楽しそうなのだ。走るのが好きで好きでたまらない。そんな喜びに満ちた感情が見ているこっちにまで伝わってくる。  俺は陸上に打ち込む彼女が、キラキラと輝く彼女の笑顔が大好きだった。  対して俺は何をやっても下手くそな、いわゆるセンスの無いやつだった。  琴音の真似事で陸上の短距離をやってみたり、あるいはバスケやサッカーみたいな球技を試したり。吹奏楽などの文化系に手を出したこともある。  だけどどれも続かなかった。練習ではそれなりにできていても肝心の本番で毎度大失敗をかまし、応援にきてくれた琴音の前で恥をかき、嫌になってしまったのだ。  いつしか部活をサボって校舎の屋上で黄昏れるのがお決まりとなり、たまに琴音がそんな俺を慰めに来た。  彼女はいつも「大丈夫。本当に好きなものに出会えたら、嫌でも練習行きたくなるよ」と言った。俺はそんなものだろうかと思いながら、ただ、彼女に相応しい「何かを持った男」になりたかった。  高校一年の冬、事件が起きた。琴音が信号無視の車に撥ねられて大怪我を負ったのだ。  命に別状はなかったが、よりにもよって足に障害が残った。彼女は酷く落ち込んだものの、リハビリで元の状態に近づけられるかもしれないという医者の言葉を信じ、すぐに立ち上がった。  陸上部の方は一旦選手登録を外れマネージャーとなり、部に関わり続ける一方、裏では過酷なリハビリの日々を送り始めた。  俺はもう一度走ろうと努力する琴音をそばで見ながら、心からカッコいいと思った。同時に、何もできない自分が情けなかった。  本当に俺は何も持っていない。才能も、彼女を元気付けるための言葉も。  そんな卑屈な日々の中出会った「バンド」。俺には歌という才能があり、特別な声を持っていると知った。やっと琴音に相応しい男になれると思った。  なのに……結局俺はいつものように琴音の前で醜態を晒し、逃げ出そうとしている。1/fゆらぎという彼女と並び立つための資格はたった一度の使用で早くも失効。  俺はまた、何の取り柄もない俺になった。
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