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 琴音が陸上部を辞めたという噂を耳にしたのは冬休みが明けて少し経った頃のことだった。  珍しく参加していた軽音部の活動中、その話を聞いた俺は大慌てで部室を飛び出し、琴音を探した。  あんなに走ることが好きだった琴音が簡単に諦めるわけがない。ということははっきり「もう元には戻らない」と診断されたのだろう。  彼女は今どれほどの失意の中にいるのか。想像するだけで胸がズキズキと痛み、校内を駆ける足は自然と速度を増した。  教室、屋上、校舎裏……しかしどこを探しても琴音は見つからない。サボり魔の俺と違い彼女が陸上から逃げたことなんて一度もなかったから、居場所の見当もつかなかった。  ようやく彼女を見つけたのは日暮れ直前。通学路の途中にある河川敷だった。川面に向かって体育座りする小さな背中にひとまず安堵し、「琴音」と優しく呼びかける。  俺の姿を認めた瞬間、琴音の瞳に明確な侮蔑の色が浮かんだ。 「響。あんた何してるの? 軽音部は?」 「抜けてきた。琴音のことが心配で」 「馬っ鹿じゃないの。そんな暇あったら、死ぬ気で歌の練習でもしてなさいよ」 「え……けど、それどころじゃ」 「誰も来てなんて頼んでない!!」  聞いたことない琴音の怒声がのどかな河川敷の空気を切り裂いた。返事に窮し黙りこくった俺に、琴音は悲鳴にも似た罵声を投げつける。 「なんでやりたいことと真剣に向き合わないの!? 前の声と違ったって、あんたはまだ歌えるじゃない! まだ歌えるじゃない!! 私なんて元に戻らないどころか『もう二度と走ることはできない』って言われたのよ! あんたと違って私はねぇ、もう好きなことをすることさえ叶わないの!  なのにあんたはちょっと思い通りにいかないぐらいで拗ねて、諦めて、本っ当にムカつく! 大嫌い!!」 「こ、琴音……」 「来ないで!! やりたいことやれるのにサボるようなやつに、私の気持ちは分からない!!」  琴音はずずっと一度鼻をすすり、足を軽く引きずりながら去って行った。  俺はその姿が見えなくなるまで呆然と立ち尽くした。
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