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静寂を取り戻した川辺で一人項垂れる。
馬鹿だ。俺は、勘違いをしていた。
ずっと何かを持った男になりたかった。何か優れた才能があることが、優れた陸上選手である琴音の隣に立つのに必要な資格と思い込んで。
けどそれは違った。
俺は彼女の才能に惹かれたんじゃない。いつも楽しそうに走る彼女の笑顔に惹かれたんだ。走れなくなっても、もう一度走ろうともがく姿に焦がれたんだ。
俺が惚れた人はいつだって好きなことに夢中で、決して諦めない人だ。彼女に相応しいのもきっとそういう人間だ。
だというのに、俺はどうだ?
今までの自分を振り返ると、どうにも耐え難い後悔と羞恥が湧き上がり、涙となって廃出された。けれど今はこの涙すら自分を許せない! 泣くな! 泣きたいのは琴音だろ! お前に泣く資格なんか……そう思うのに、涙はどうしたって止まってくれなかった。
散々泣き喚いたのち、俺は学校にカバンを置いてきてしまったことを思い出し、意気消沈のままとぼとぼと部室に帰った。
一九時過ぎだというのに部室には灯りがついていた。ギターの音が外まで漏れている。聴き覚えのあるメロディーにもしやと思いドアを開けると、やはり陸がギターを弾いていた。
「お、やーっと戻ってきたかよ。カバン置いたままだったから、俺まで帰れなかったんだけど?」
「悪い。それより、今の曲」
「ああ。三月の追いコンでやる曲だよ。お前が歌うんだぞ? まぁ、やる気がないなら……」
「元の声を取り戻したい。どうすればいい?」
考えるより先に口が動く。それが俺の決心だった。
失ったならもう一度取り戻せばいい。そうなるように努力することが今、俺のするべきことだ。そう思ったから。
「……と言われてもなぁ。最初のライブの時どうやって歌ってたか、思い出せないのか?」
「無理。全然覚えてない」
言われるまでもなく、そんなの何度も試みた。
だけどライブに期待して熱を帯びてゆく客席と、その中に琴音の姿を見た瞬間、頭が真っ白になり、歌い方を意識する余裕などすっかり吹き飛んでしまっていた。
「正直に言うぞ」
陸がスッと真面目な顔になった。
「声変わりしたわけでも骨格が変わったわけでもないから、出せない声ではないはずだ。何かキッカケさえあれば戻る可能性はある。
でも、歌っていうのはそう単純じゃないんだ。無意識の筋肉の使い方や体型の変化、些細な要因で全く別物に変わってしまい、二度と元に戻らないことも珍しくない」
「……」
「元の声を目指すか、それとも、今の声のままより上手く歌えるように努力するか。どっちにするかはお前が決めろ」
「俺は……」
それから約二ヶ月、俺は血の滲むような歌の猛特訓を積んだ。
そして春がほんのりと香り始めた三月初旬。意を決して琴音に「追いコンライブ、観に来てほしい」とLINEを送った。
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