4.結婚してください

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4.結婚してください

 その夜、朝飛は雄飛とお風呂に入った。 パジャマを着せてもらい、歯磨きの仕上げとトイレも全部雄飛に甘えて、一緒の布団に入って絵本を読んでもらった。満足したのだろう。 まるで電池が切れるようにぱたりと寝てしまった。 「やっと寝てくれた」  寝室のふすまを閉めて、雄飛がリビングに戻ってくる。 「全部させちゃってごめんね。大変だったでしょ」 「いや、全然。これくらいで大変だなんて言えるわけないよ。まひるはずっとひとりでやってきたんだろ?」  雄飛の言葉に今までの苦労を思い出して思わず泣きそうになった。だからつい、強がってしまう。 「……そんな。だって産んだのは私だし」  正直、産まない選択だってできた。でも私は産みたかった。雄飛の子を。 だからしかるべき責任は負う覚悟はあった。現実はそう甘くはなかったけれど。 「ありがとな。朝飛を産んでくれてありがとう。これからは二人で育てていこう」 「二人で?」 「ああ、そうさ。だから結婚して、まひる」  雄飛はポケットから濃紺の小さな箱を取り出した。 蓋を開くとダイヤモンドの指輪がキラキラと光り輝いている。 「……指輪だ」 「これはさ、4年前のクリスマスに渡そうと思って買ったんだ。プロポーズしようと思って」  私が雄飛の前から姿を消した日だ。まさか、プロポーズをするつもりだったなんて考えもしなかった。 「何度も手放そうとしたけど、出来なかった。いつか渡せるって信じてたから。だからこうして渡せてよかった」  雄飛の気持ちが痛いくらいに伝わってくる。私と同じように苦しみながらこの数年を生きてきた。 「ありがとう。うれしいよ、雄飛。でも、だめなの」 「だめってどういうことだよ!俺が分かるように説明しろよ、まひる」  だって私は三田さんからわたされた手切れ金で店を買い、生活の糧にさせてもらった。いまさらなかったことにして雄飛と結婚するなんて許されない。 「ごめん、いろいろあって……」 「志津香さんか。そうだろ? 別れるようにって脅された。それ以外考えられない」 「なぜそう思うの?」  雄飛があまりにもそう言い切るので驚きつつも不思議に思った。 「白根さんがそうだからだよ」 「白根さんて、女優の白根万喜?」 「ああ、俺の事務所の先輩なんだよ。志津香さんは白根さんの交際相手に500万円渡して別れるように詰め寄った」  私の時と金額までおんなじだ。 「それで? 二人はどうなったの?」 「その人は白根さんに志津香さんとのやり取りを洗いざらいぶちまけて……すべてを知った彼女は引退する覚悟で交際を認めてもらうように交渉した。でも、話し合いが終わる前に二人は別れてしまった」  理由はわからない。と雄飛は言った。 あの三田さんと戦おうとしたのだからよほど貫きたい愛だったに違いない。 「……黙っててごめんね」 「やっぱりそうだったか。じゃあ、答えは簡単だ。志津香さんは俺がどうにかする。だから結婚しよ」 「本当にそんなことしていいの? ファンが減っちゃうよ」  イケメン俳優と騒がれている雄飛が結婚したら悲しむファンは多いだろう。 「確かに結婚して子供がいると分かれば離れていくファンもいる。けど真剣に演技をやってきた俺を認めてくれた人たちは離れていくことはないはずなんだ」 雄飛の言うとおりだ。駆け出しのころとは違って、実績を積んで俳優としての信頼を得ている。 「この四年間で俺も成長したんだぜ」  自信たっぷりに言うその顔をみて、私は安心することができた。 「でもしばらくは、私たちのことは秘密にしておいて欲しいんだけど……、いいかな?」  朝飛はまだ小さいし、私だって週刊誌に追われるのは嫌だ。 雄飛と一緒にいるためには秘密の家族でいる必要がある。 「まひるがそうしたいならそうしよう。二人のことは命を懸けて守るよ」 「ありがとう、雄飛」  雄飛は私の左手の薬指に指輪をはめてくれた。 「きれいな指輪」  大粒のダイヤの周りを小粒のダイヤが花びらのように囲んでいる。指を少し動かすだけでキラキラと光があふれだす。 「まひるの方がきれいだよ」 「うそ。雄飛はいつもきれいな人たちに囲まれてるし、私なんて……」  同じ事務所の白根万喜はなりたい顔ランキングナンバーワンだ。もちろん社長の三田志津香だって奇跡の美魔女と称えられている。そんな美しい人たちばかりを見ている雄飛に言われても素直に受け取れない。 「確かに俺のいる業界は顔の造作が整っている人は多いよ。だけど美しさの基準なんて人それぞれだよ。比べるものじゃない。まひるのこのつぶらな瞳も、小さめの口も俺は大好き」  雄飛はそう言って私の唇を指でなぞった。 「まひる」  名前を呼ばれて雄飛を見ると、ゆっくりと顔が近づいてくる。私はそっと目を閉じた。ゆっくりと唇が重なって懐かしいぬくもりと愛おしさを感じた。 「もう二度と、離れるなよ」  雄飛は言う。私だって離れたくない。もう二度と。  「もちろん。朝飛と三人、ずっと一緒だよ」  私はこの上ない幸せな気持ちに包まれていた。 体の傷は痛むけれど、雄飛がそばにいるというだけで大丈夫な気がした。もし朝飛と二人きりだったら不安に押しつぶされていたかもしれない。    それから私は雄飛に手伝ってもらいながら店の片づけをした。 腕が治るまで最低でもひと月は休業せざるを得ない。 「しばらくは俺のマンションで生活して、その後のことはゆっくりと考えよう」 「そうだね、わかった。じゃあ、臨時休業の張り紙をドアに張って、コウ君に連絡しよう」 「コウ君て?」 「コウ君ていうのはずっとお世話になっている漁師さん。朝飛もなついてて、今朝も保育園まで送ってくれたの」  そう言うと雄飛は急に真顔になった。 「へえ。その人、まひるのこと好きなのかもね」 「……まさか。そんなはずないよ」  コウ君が私のことを好きかもしれないなんて、今まで一度も考えたことはなかった。 「とにかく連絡するね。明日の仕入れもストップしないといけないし」  もう寝ている時間かもしれないと思って、LINEに怪我をして店をしばらく閉めることにしたという内容でメッセージを送った。 それから数分後、店のドアをたたく音が聞こえた。 まさかと思い外に出るとコウ君が立っている。 「コウ君!」 「まひる。LINE見て心配で飛んできた。思ったよりも元気そうでよかった」  いいながらコウ君は私を抱きしめる。 「まひるになにかあったら、俺……」 「……ねえ、コウ君。放して」  私は左手でコウ君の胸のあたりを押して離れようとした。けれど、彼の力にはかなわない。こんなところを雄飛に見られたら誤解されてしまう。  そうこうしている間に私の背後で店のドアが開く音がした。 コウ君の息をのむ音が聞こえる。 「あんた誰……え? ユウヒ」  彼の声は明らかに動揺していた。無理もない。いきなり男性が出てきたかと思えば芸能人なんだもの。 「悪いけど、妻から離れてくれないかな?」 「つ、妻? まひるが? え、なんでユウヒと?」  コウ君が手を解くと、雄飛は私にピタリと身を寄せる。 「なあまひる、妻ってどういうこと? この人、ユウヒだよな俳優の」 「あのね、コウ君……」  どこまで第三者に話すべきなのか迷った私は雄飛をちらりと見た。すると雄飛は店の中に入ろうといった。 「お茶入れるね。座って」 「いいよ、すぐ帰るから」 「……そう」  コウ君はドアを背に立ったまま腕を組んでいる。それから少しの沈黙の後、コウ君は小さなため息を吐き言った。 「まひるは俺のこと騙してたんだな」 「騙してなんてないよ。どうしてそんなこというの?」  今までとても親切にしてくれていたコウ君がどうしてこんなに怒っているのか、私には理解できなかった。 「……シングルマザーだと思ってたのに、男がいたのかよ。俺の気持ちをもてあそびやがって」  俺の気持ち?ああそうか。コウ君は私のことを……。 ついさっき雄飛が言っていたことを思い出し、私はいたたまれない気持ちになる。 「ごめんね」そう言いかけた時、雄飛が口を開いた。 「彼女はあなたをだましていません。僕たちが再会したのはほんの数時間前。それまで彼女はひとりで仕事と育児を両立してたんです。まひるのことをいつも助けていただきありがとうございました」  雄飛はコウ君に向かって深々と頭を下げる。慌てて私も頭を下げた。 「……もういいよ」 「コウ君……」 「ユウヒが相手じゃ俺、敵わねえし。まひると朝飛が幸せになるならそれでいい」 「じゃあ」そう言ってコウ君は店を出ていく。大きなはずの彼の背中がとても小さく見えた。 ***  夜明け前。幸い雨はやんでいた。 まひると朝飛の荷物を車に積む込むと、都内に向かって走り出した。 朝飛はまだ眠っている。起きてから説明しようと思っているがちゃんとわかってもらえるだろうか。 とにかく彼女の腕が完治するまでは都内の俺のマンションで暮らそうと思っている。 55平米の1LDK、三人でも十分暮らせる広さだ。 駅からは少し遠いけど、静かで治安もいい。マンションの敷地内で生活のほとんどが住んでしまうので不便もないはずだ。 やがて水平線から朝日が昇り始めた。まるで俺たちの門出を祝福してくれているようだった。そして朝飛が生まれてきた日のことを思った。 まひるは絶望の中で朝飛を身籠った。でも、生まれてきたこの子はこの名のように希望に満ち溢れた太陽のような存在だったのだろう。 二時間ほどで自宅のマンションに到着した。 地価の駐車場に車を止めると、向かい側に停まっていたワゴン車から男が飛び出してくる。マネージャーだった。車に駆け寄ってくると、運転席の窓をたたく。 「ユウヒさん! いったいどこに行ってたんですか。スマホもつながらないし」  もしかして、昨日の昼から七時までずっと俺を待っていたのか。申し訳なく思ったが、女に会いに行くなどと正直に話したら止められていただろうし。 「悪かったな、秋山。大切な用事があったんだ」 「大切な用事って、え? 誰ですかこの人たち」  後部座席にいる二人を見つけた秋山は慌てた様子で聞いてくる。 「なんだかいやな予感しかしないんですけど……」 「お、感がいいな。荷物運ぶの手伝ってくれ」  俺はハッチバックを開け、車から降りた。 困惑する秋山にスーツケースやバッグを持たせた後、後部座席で眠っているまひるを起こした。 「着いたぞ、まひる」 「……ん、え? ごめん、私ねちゃった」 「いいんだよ、気にするな」  おそらく痛み止めのせいだろう。それに俺は同乗者に運転中に寝られてもまったく気にならないタイプだ。 「着いたの?」 「ああ、着いたぞ。朝飛は俺が連れて行くからまひるは先に車から下りて」 「わかった」  俺は朝飛を抱きかかえ、車のロックをかけるとみんなでエレベーターに乗り込んだ。 秋山はよほど二人のことが気になるらしい。口にこそ出さないが、説明しろと目で訴えてくる。 本当なら話したくなかったが、今後のことを考えると協力者がいた方がいいだろう。 「まひる、この人は俺のマネージャーで秋山。秋山、俺の妻と子供」  秋山は一瞬の間をおいてから目を見開いた。 「……ええっ! 妻と、子供!!」  あまりにも大声を出すので、朝飛が起きてしまった。 顔をあげ、周りを見渡した後泣き出すかと思ったが、まひるがいるのがわかるとまた目を瞑った。 「ユウヒさん、まじすか。妻と子供って……」  秋山は声のトーンを落とす。 「ああでも、婚姻届けはこれから出す。因みにこの子は正真正銘俺の子だぞ」 「……そういう問題じゃなくて、社長は知っているんですか?」 「いや、話してない。そもそも話してもわかってもらえないだろ」 「そりゃそうですよ。でも社長をだまし続けることなんて不可能です」  さすがの俺もこのまま隠し通せるとは思っていないが、せめて婚姻届けを出すまでは秘密にしておきたい。 「分かってるよ。だから秋山の協力が必要なんだ」 「俺ですか?」 「そうだよ。でもまあ、なんていうかもう協力者か」 「ええっ!」 「昨日、俺を自由にしたのは秋山だし」  ニコリ、と笑って見せると秋山は観念したように肩を落とした。 「……ああもう。ユウヒさんには敵いませんよ」 「よろしくな。まひるも、何かあったら秋山を頼れ。俺の付き人兼マネージャーでこの業界の中で、俺が一番信頼している奴だから」  そういうと、不安げに俺たちの話を聞いていたまひるは安心した様子でうなずいた。 「私、小森まひるです。よろしくお願いしますね、秋山さん」 「え、あ、はい。よろしくお願いします秋山です。……ていうか、ユウヒさん。俺の事信頼してるってマジすか」 「マジマジ」 「いやったー!」  秋山はめちゃくちゃ喜んでいる。 俺はこういう単純、もとい。素直なところが好きなんだ。 芸能界でもやっているけるだけの容姿を持ちながら、あくまでも裏方でやっていきたいという信念があってブレない。さらには賢くて口が堅い。志津香さんが不在中、俺の担当を任せてたということは、それだけ信頼されているという証明でもある。 「秋山さんて、おいくつなんですか?」  まひるが聞く。 「俺すか? 二十四です。学生時代はアメフトやってました!」 「そうなんですか。だから筋肉がすごいんですね。今も鍛えてるんですか?」 「はい。週五でジム行ってます」  なんだか楽しげな二人をみて複雑な感情を抱くが、仲良くやってくれそうでよかったと思う。 エレベータが到着し、荷物を運び入れると秋山は「十三時に迎えに来ます」と言って帰っていった。 ***  きっといい部屋に住んでいるんだろうとは思っていたけれど、想像をはるかに超えていた。 大きな窓がある広いリビングは私の店よりも広いかもしれない。 畳一畳分くらいの大きなテレビにベッドのようなソファー。使いやすそうなアイランドキッチンにガラスの天板が乗ったダイニングテーブル。 「この奥が寝室だよ。見る?」 「うん」  雄飛に案内されて今度は寝室を見せてもらう。床は絨毯敷きで温かそう。 キングサイズのベッドはホテルの様にベッドメイクされていた。 「きれいにしてるんだね」 「週に三回ハウスキーピングを頼んでいるんだ。さすがに家事までは手が回らなくてさ」 「そうだよね」  家にだってなかなか帰れないだろうし、空いた時間を家事に費やすことなんてできないと思う。 「こっちは?」 「クローゼット。中はバスルームと玄関につながってて、便利なんだ」  中を見せてもらうと、思ったほどものも少なくすっきりと整えられている。雄飛は昔から服を無駄に買わない人だった。質のいいものを長く着るそんな風にして節約していた。どんないい部屋に住んでも根本は変わらないのかもしれない。 「今日からはまひるが好きなように使っていいからな」 「ありがとう。雄飛」  色々と気遣ってくれる雄飛の気持ちがうれしくて、近づいてキスをしようと思った。その時、雄飛の腕の中で眠っていた朝飛がぱっちりと目を開けた。 「おはよう、ママ。ここ、どこ?」 「おはよう朝飛。ここはね、お兄ちゃんのお家だよ」 「お兄ちゃんのお家?」  朝飛は雄飛の腕からするりと床に下り、部屋の中を歩き回った。ひと通り見終えると、いきなり大声で泣きはじめた。 「朝飛のお家に帰る~」  大粒の涙を流しながら泣きじゃくる朝飛を、私は初めて見たかもしれない。普段は聞き分けの良い、いい子だったのに。 「どうしたの、朝飛。素敵なお家じゃない。お兄ちゃんとここに住むんだよ、楽しいよ」 「いや~かえる」  そう叫んで、朝飛は玄関に向かって走り出す。 「待ちなさい、朝飛!」 「待ってまひる」  追いかけようとする私を雄飛は止めた。 「俺が行くよ。男同士で話してくる」 「大丈夫」そう言って雄飛はゆっくりとリビングを出ていった。  数分後、朝飛を抱いた雄飛が戻ってきた。 「朝飛、ここに住んでもいいって。な」 「うん。ママとお兄ちゃんと一緒に住むんだよ」 「で、俺たち家族になるんだよな」 「なー」  さっきの朝飛はどこに行ったのだろう。急に大人びた顔で、雄飛の口真似なんてして。 「雄飛、どんな魔法使ったの?」 「俺と朝飛でママを守ろうって言ったんだ。怪我が治るまでは店はできないし、助けが必要だからって」 「……雄飛。朝飛もありがとう。すごくうれしい」  私は二人に駆け寄って、抱き付いた。すると耳もとで雄飛がささやく。 「あと、ギャオレンジャーに会わせてやるって約束した」  それは単なるヒーローショーを見に行く約束などではなく……、翌週同じ事務所に所属しているという、本物のギャオレンジャーのレッドに会えるということだ。 「そんなことしていいの?」  同じ事務とはいえ、迷惑にならないだろうか。それに、朝飛にもこういう特別なことが当たり前にできると思ってほしくなかった。 「いいのいいの、関係者の特権だよ」  嬉しそうな朝飛と得意げな雄飛を見ていると、難しく考えるのはやめようと思った。    その日、朝飛が眠った後。 私たちはリビングのソファーに並んで座り、明日からの生活をどうするのか話し合った。 「とにかく婚姻届けは早めに出そうな」 「そうしよう。でも朝飛は養子縁組の届けが必要になるんだよね?」  以前なにかでそんなことを見聞きした覚えがあった。雄飛と朝飛には血縁関係があるけれど、手続き上は養子縁組が必要になる。 「ああ、そうか。それも含めて知り合いの弁護士に相談するよ。なにも心配しないで早くその怪我を治すことに専念しろよ」  そう言って雄飛は私の右腕をやさしくなでてくれた。 「まだ痛んだりする?」 「ううん、動かさなければ平気」  もしこんな状態で朝飛と二人きりだったら、不安に押しつぶされてしまったかもしれない。でも雄飛がそばにいてくれて、とても心強い。 「ありがとうね、雄飛。いろいろ考えてくれて」 「当然さ。まひるには今まで苦労を掛けた分、楽をさせてあげたいんだ。朝飛にもいろんな経験をさせてやりたい。習い事もいいな、考えといて」 「うん」 「オフには三人で出かけたりしような」 「そうだね。離れていて三年分の思いでも、これから作っていけたらいいね」 「そうだな。離れていた分まひるの事、たくさん愛したい」  雄飛が私を見つめる目はとてもやさしかった。 以前はもっと雄々しい情熱が秘められていたと思ったけれど。おそらくそれは、私たちがただ求めあうだけの関係からは支え合う関係へ変わったからかなのかもしれない。 「まひる」  雄飛の均整の取れた顔がゆっくりと近づいてくる。 「ま、待って雄飛」  私はとっさに顔を背けた。 「まひる?」 「こういうの久しぶりで……」  雄飛と別れてから男性と関わることがなかった。というよりは、雄飛以外とは男女の関係にはなりたくなかったから。だからまるで初めての時みたいに恥ずかしくてたまらない。 「俺だってそうだよ」 「うそだぁ」  雄飛のことを女性が放っておくはずがない。熱愛報道だって一度や二度じゃなかったはずだ。 「お前な、嘘ついてどうするんだよ。寝る時間もないくらい仕事してるんだぜ? 女と遊ぶ暇なんてなかったよ」 「そう、なんだ」 「そうなの。それに、まひるとしかこういうことしたくないし俺」  雄飛の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。本音で言ってくれているのだと分かって、嬉しかった。 だから私も雄飛に気持ちを伝えた。 「私も同じだよ。雄飛がいい。雄飛じゃないといや」  この気持ちは出会った時からずっと変わらない。 雄飛は嬉しそうに微笑んで、私の背中に手を回す。引き寄せて抱きしめると「好きだ」とささやいてキスをした。 台本のないラブシーン。終わりのない二人だけのドラマの幕開け。
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