騙りのキャロル

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 ***  再三言おう。僕は猫派だった。間違いなくそうだった。  犬は可愛いとは思うけど、飼いたいと思ったことはなかったのだ――今日までは。 「どどどど、どうしよう。まだ小さいよこの子……!」  段ボールはメイドに運んで貰った。いかんせん、僕は四年一組の生徒の中でも一番前に並ばされるくらい小さいのだ。悲しいかな、低学年と間違われることも少なくない。子犬とはいえ、段ボールにはタオルもしきつめられていて結構重たい。自分の手で運べる自信がまったくなかったのである。 「賢一郎(けんいちろう)ぼっちゃん、落ち着いてくださいまし」  メイド頭の田沢さんは、慌てる僕に言ったのだった。 「我が家なら、犬を飼うこともできるでしょう。坊ちゃんやご両親がいない時も、わたくし達でお世話ができますから。説得にはわたくしたちも強力します。まずは、この子の状態を確認しましょう」 「う、うん。結構綺麗だから、まだ捨てられたばっかりだったのかも。お尻だけ拭いてあげればいいかな?いきなり洗っちゃダメなんだよね?」 「とりあえずお腹がすいているようですから、かるく体を拭いて、それから水とご飯だけあげましょうか。今、中島さんにドッグフードを買いに行ってもらってますからね」 「ありがとう、田沢さん!」  中島さん、というのはもう一人のメイドの名前だ。僕がパニクってる間もきちんと判断していたあたり、さすがは田沢さんである。伊達に、橋口家に三十年務めているわけではないといったところか。  とりあえずお皿に水を入れてあげると、子犬は喉が渇いていたのかすぐにごくごくと飲み始めた。僕は子犬の様子を観察する。生まれて初めて、ペットショップで犬を衝動買い(いけないことだとはわかっているが、気持ちの問題だ)してしまう人の気持ちがわかったような気がするのだ。  目が合った瞬間、びびびびび、と背筋が痺れたような感覚を覚えたのだ。ふわふわの毛が、風に揺れていて。黒くて丸いつぶらな瞳の中に僕の姿がはっきり映っていて。あまりの可愛らしさに悶絶すると同時に、運命を感じてしまったのである。ああ、この子を放置するなんてできない。絶対うちの子にしなければならない、と。  ふわふわの毛の中から、小さい耳が覗いている。僕は首を傾げた。 「田沢さん、この子、どう見てもポメだよね?」 「ですね。わたくしにもそういう風に見えます」 「うん。……ポメラニアンって結構人気あるし……ポメの子犬なんてそうそう捨てられるもの、なのかなあ」  おちんちんがついていない、ように見えるので多分メスだろうと思う。が、子犬のうちだと小さくてわからないなんてこともあるかもしれない。実はオスだと言われても納得できよう。  何にせよ、獣医さんに連れていけばはっきりすることだ。残念ながら近場の獣医さんは今日休みである。明日、朝イチで連れていってあげるしかない。学校は遅刻か休みになってしまうが、子犬のためだから仕方ないだろう。 「わたくしも、噂で聞いた範囲ではあるのですが」  田沢さんは渋い顔で言った。
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