月夜のクララ

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 結婚したてで会えなかった頃は。毎晩電話して、離れてても同じ月を見てる、ってあなたの言葉が芯から安心させてくれた。光は真っ直ぐ降り注ぐ。同じ月を見つめ合えば。  あなたに、私の。  私に、あなたの。  想いがきっと届くって、届けてくれるって。月が二人を会わせてくれる。だから寂しくなかった。  同じ光が、今はただ痛い。  一緒にいられればそれだけでいいって、思ってたのに。叶ってもっと贅沢になった?月の半分しかそばにいられないのに。私も仕事と家事と真衣のことで余裕なくて、もっと助けてくれたらいいのに、ってきつく当たったり要求したりしちゃってた。馬鹿みたい、何にも知らずに。すっかり月に手が届いた気になって。 「ムリだよ」 月まで泳ぐとか。いっぺんだけって何、いっぺんだけならいいの?いっぺんだけだって、いっぺんで十分じゃない、会ってしまったら。あんなにきれいな人に、かなうわけないじゃない。  両手で顔を覆っても、涙は指の隙間をすり抜けてこぼれ落ちた。 「真奈美(まなみ)」 呼ばれて耳を疑う。幻聴?聞こえるはず、ないのに。だって――手のひらから顔を上げると。三階下の地上にいるはずのない人の姿が見える。だって、まだ出張、瞬きで涙を払う間に消えてしまった。  狐につままれた気分てこういう感じ?会いたい気持ちが募りすぎて、創り出した夢、幻?  不意に玄関を開ける音がした。足音がすぐそこまで来てる。 「真奈美」 ガラス戸が開いて、振り返ったときには彼の腕の中にいた。 「電話切るしかけてこないし、なんかスイッチ入ったなと思って仕事一日まいた。すっげえ働いた」 疲れた、と一息ついて目を合わせる。 「聞いて。いっぺん会ったけど。高校の部活の先輩だから。先輩の同期と、オレの同期と、全部で五人いたから。二人じゃないから」 返事をしようとしたけど、驚きと喜びと、可笑しさと愛情と、何より安堵がこみあげて喉が詰まった。ただ肯いた。もう一度抱きしめてくれたあなたが暖かかった。  月の下で、想いと想いを通い合わせた私たち。  光はやさしく、白いベールを着せかけるように降り注いでいた。 終
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