月夜のクララ

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 フラれたけど忘れられない人。私にとっては彼がそう。断られても私を理由に辞めないでほしいとお願いした。一緒にいたいから。バイト仲間を続けたいから。  二年後、就職が決まって彼が辞めるときに、余ってもったいないから、と水族館のチケットを渡した。デートじゃないよって十回くらい念押したからか、来てくれて。初デート!って舞い上がってたの私だけだな。自分でちがうって言ったんだけど。その後も連絡取り続けて、いつも私から。余ってるから、と口実にする映画や美術館のチケットを手に入れ続けて。  二年経ったら、プロポーズはあなたがしてくれた。  飛びつくようにイエスの返事をしておきながら、夢みたいにうれしすぎて実は夢なんじゃないかと一か月は地に足がつかなくて。会うたび私が本当かなあって凝視するから、準備始めれば実感できるんじゃない、と結婚情報誌を差し出された。  彼の転勤で新婚早々別居になったけど、去年からやっとこの部屋で家族そろって暮らしてる。とはいえ月の半分は彼は大阪出張だから、行ったり来たり慌ただしい。  同級生の回答は、私にさらなる追い打ちをかけた。クラリ子さんは現在大阪に住んでいる。毎月彼が出張する土地に。  とどめは。彼のアイコンの横に並んでいた文字列だった。 『この間は、楽しかったです。』 この間、って。楽しかったって。なんのコメント。それ。  一昨日、出張中の彼から電話がかかってきたとき口をついた。 ――忘れられない人が、今そっちに住んでるんだよね。 ――あー。 驚かないんだ。そりゃそうか、知ってたら別にフツーか。そしてためらう間があって。 ――いっぺんだけ、会っ 私は電話を切ってしまった。電源も落として耳を塞いだ。  昨日はもうかかってこなくて。電話してってメッセージだけ送られてきた。そんなの怖くてかけられない。予定は明日、帰宅だけど。  帰れなくなったとか。もう帰らないとか。そんなこと言われたら――。 「嫌だよ」 ぽと、ぽと、月の光に送られながら涙が玉になって降る。
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