月夜のクララ

1/5
前へ
/5ページ
次へ
 月の光がちょうどいい。  ベランダから、ガラス戸越しにリビングいっぱいに降りそそぐ。空を見るまでもなくわかる。きっと今夜も丸くて大きい。その明かりで十分だから、電灯はつけずに、膝の上に広げたTシャツの袖を折りたたむ。 「ママ」 か細い声に、洗濯物の山に伸ばした手を止めた。パジャマ姿の娘が、ソファの傍らでうなだれている。さっき、寝かしつけたばかりなのに。 「どしたの。眠れない?」 体をずらして隣に座らせた。月明りの下では、薄桃色のパジャマも小さな手足も白みを帯びる。 「えりちゃん、口きいてくれない」 「そうなの?何かあった?」 月と夜の作用でことさら青白い頬をのぞき込む。 「えりちゃんが。かわいいけしゴム、もってたから」 「うん」 「ちょっと、かりたら。かえして、ってすごくおこって」 「うん」 手のひらですっぽり包み込める肩を抱き寄せた。 「ちゃんと、貸してってお願いした?」 一つ、二つ、左右に首が揺れた。 「えりちゃん、びっくりしたんじゃない?ごめんなさい、言った?」 再び揺れた頭がすり寄せられる。 「だって、口きいてくれない」 「真衣(まい)、えりちゃん大好きでしょ?お友達でいたいよね」 「でも。あしたも、口きいてくれなかったら」 どうしよう――かすかな語尾は、白く透き通る部屋の中に溶けた。  月光の控えめな白色は照らしたものにはかなさをまとわせる。パジャマの背中を確かなものにしたくて、二度三度と撫でさする。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加