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もしかしてここにフランシュリがいるかもしれないと少し期待したが、中には剣や杖、さらには壺などヒロエが見たこともない古いものが山積みになっていた。 その奥には真っ黒な(ひつぎ)があった。 大人が一人すっぽりと入ってしまうぐらいの大きさで、物置の中でもわりと整理されているところに置かれている。 ヒロエは思わず棺に手を伸ばしていた。 すると棺の(ふた)が勝手に開かれ、中から燕尾服とマントを羽織った女性がゆっくりと出てくる。 「ほう、これはまた……ずいぶんと美味しそうな娘ですねッ!」 「キャァァァッ!」 男装をしていた女性はガバッと両手を広げて棺から飛び出してきた。 銀色の髪を振り回し、赤い瞳でヒロエを見据えて今にも食らいつくばかりの勢いで追いかけてくる。 だがヒロエは物置にあった剣や杖など側にあるものを片っ端から投げつけ、死に物狂いで物置小屋を出た。 「なんで化け物が二人もいるの!? どうしよう!? このままじゃあたしもルナティーちゃんもフランシュリさんも食べられちゃう!?」 庭にはオオカミ女。 そして物置小屋にいたのは、容姿や姿からしておそらく女吸血鬼だろうか。 なんにしてもこれは警察を呼ぶしかないと思ったヒロエは、急いで門の外へと出ようとした。 そしてなんとか二匹の化け物に見つからずに門の前につくと、そこにはフランシュリが立っていた。 その様子からしてフランシュリは外から戻って来たようだったが、ヒロエは化け物のことを知らせねばと彼女に駆け寄った。 「フランシュリさん! 大変なの! 屋敷の中にオオカミ女と女吸血鬼が!」 フランシュリはいつもしているマスクを外していた。 さらにいつも顔を隠すように垂れている前髪が夜風に吹かれ、彼女の素顔の素顔が(あら)わになった。 「見てしまったんですね……。ああ……ルナティーさまになんとお伝えすればよいのか……こうなったら仕方ありません」 「えッ? ちょっとなにを言ってるのフランシュリさん? えッえぇッ!? まさかフランシュリさんもッ!?」 初めて見たフランシュリの素顔には、まるで糸で縫ったかのような傷がその美しい顔中にあった。 ヒロエは、無理やりにつなぎ合わせたようなツギハギだらけの素顔を見たのと、彼女の言葉からフランシュリも化け物の仲間だと思い、その場から逃げ出そうとした。 だがガシッと体を掴まれ、しかもいつの間にかオオカミ女と女吸血鬼も近づいてきていた。 殺されると思ったヒロエは必死で泣き喚くが、物凄い力で押さえ込まれてまったく抜け出すことができない。 「おい、フランシュリ! そいつはなんだ!? アタイがいない間になにがあったんだよ!?」 「アニークの言う通りです。ワタクシが起きようとしたら、急に現れましてよ、その子」 「なんだ? マリヤも知らねぇのか? どうせ寝てて全部フランシュリに押しつけてたんだろうけどよ」 「そ、そんなことは……ありますが……。ともかくフランシュリ! 早く説明をお願いします!」 オオカミ女と女吸血鬼がフランシュリへと声をかけてきた。 フランシュリはため息をつきながら、彼女らの質問に答える。 「この方は市山(いちかわ)ヒロエさま、ルナティーさまのご学友です。このところよく屋敷に泊まっていたので、注意はしていたのですが……」 「あん!? ルナティーさまに人間の友だちができたのかよ!? そいつはめでてぇなッ!」 「たしかに、それは喜ぶべきことですけど……ワタクシたちの正体を見られたとなると……」 フランシュリから話を聞いたアニークとマリヤは嬉しそうにしていたが、すぐに表情を歪めた。 それからしばらくの間その場に沈黙が流れ、もう喚くことを諦めたヒロエが、震えながら三人のことをキョロキョロと見ている。 彼女たちの正体を見てしまったことで口封じに殺される。 ヒロエはそう思った。 彼女は誰にも言わないからと叫ぼうとしたが、化け物相手にそんな道理が通用するとは思えなかった。 さらにいえばもう逃げ回っていたせいで体力も尽き、声を出すのすら億劫(おっくう)になっていたのもあった。 疲労と眠気で、今にも眠ってしまいそうだ。 いや、もう眠ってしまおう。 怖いことなんて忘れてしまおう。 きっとここで自分は死んでしまうけど、せめて痛くない方法でやってほしい――ヒロエがそう思った瞬間、そこへルナティーが現れた。 「ヒロエになにしてるのよ!」 ルナティーは目にも見えない速さでフランシュリからヒロエのことを奪い取り、それと同時に三人をぶっ飛ばしていた。 オオカミ女が独楽(こま)ように回転しながら宙に舞い、女吸血鬼は地面に顔をめり込ませ、フランシュリのほうは物置小屋まで吹き飛んで小屋が半壊している。 「大丈夫ヒロエ!? ケガしてない!?」 「ル、ルナティーちゃん……? これはどうなってるの……? フランシュリさんたちはなんなの……?」 ルナティーはヒロエを抱き上げながら、彼女に説明をした。 実は自分は魔界の姫であり、将来、立派な魔王になるために人間界へ勉強しに来ていること――。 フランシュリ、アニーク、マリヤの三人は、そんなルナティーの世話係だということ――すべてをヒロエに話した。 「じゃ、じゃあ、人じゃないってことを知ちゃったあたしは……殺されちゃうの?」 「アタシがそんなことさせないわ! なんたってヒロエは、アタシにとって初めての友だちなんだから!」 ルナティーの言葉を聞いたヒロエは、笑みを浮かべながら「よかった」と呟いて眠ってしまった。 彼女は、満月の夜にとんでもないことに遭遇してしまったと思いながらも、もっとルナティーのことが好きになっていた。 ――後日談。 「おはよう、ルナティーちゃん! ねえ、今度また泊まりいってもいい?」 ヒロエは変わらず、ルナティーとの関係を続けていた。 彼女の正体が魔界の姫だろうが、ルナティーはルナティーだと、怖がらずに付き合っている。 もちろんそのことは、自分の両親を含め誰にも話してはいない。 「別にいいけどさぁ。あんた、あんな目に()ったあとで怖くないの?」 「どうして怖がらなくちゃいけないの? あれからフランシュリさんだけじゃなく、アニークさんやマリヤさんとも仲良くなったのに?」 ルナティーはあっけらかんとしたヒロエを見て、大きくため息をついた。 そんなルナティーを見たヒロエは、彼女の背後から飛びつき、耳元で叫ぶように言う。 「それになにかあっても、ルナティーちゃんがあたしを守ってくれるでしょ?」 「まあ、それはそうだけどね……」 顔を赤くしながら答えたルナティー。 ヒロエはそんな彼女のことをからかいながら、次の週末もまた、化け物屋敷へと泊まりに行くと大声で言った。 〈了〉
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