B子の場合

1/1
前へ
/3ページ
次へ

B子の場合

B子 会社員8年目 30歳 ***    湾岸の景観を一望できる最上階のレストランでデートなんて特別なことだろうと期待せずにはいられない。  彼とはつきあってもう3、4年ほどになる。  彼は会社の2期先輩で何かと世話を焼いてくれた人だ。  結婚まで考えていた前の彼に浮気されて別れて、それを愚痴った時に、実は、と告白されたのが始まり。  明るく面倒見がよく、そこそこイケメンなので、お試し、と言いつつ私の方が飛びついてしまったと思う。  友達も多いようで、最初の頃は、私が緊張しないようにか、二人きりのデートではなく、友人達を交えた飲み会によく誘われた。みんなそういう年頃なので、友達同士でカップルが出来たりして楽しかった。  やがて二人きりで会うようになり、自然とそういう関係になっていった。私は前の彼しか知らなかったから、年上の彼のリードにすっかり骨抜きにされてしまった。なによりたくさん愛の言葉を言ってくれる。少し恥ずかしいけど、パートナーにはそう言うことをして欲しかった。  私とのデートとは別に、友人たちと飲みに行くこともいまだに多いが、同じ職場だから何かあれば情報が入ってくるだろうし心配はしていない。  今年はもう30歳だし、いつものオフィスカジュアルではなくきちんとしたスーツ姿で彼が目の前にいるとどうしても期待してしまう。  毎日会社で会っているのに改まって向かい合うのに照れてしまう。でも会話が気さくなので緊張はすぐにほぐれた。  最近はラブホテルでのデートが多かったから、改めて聞く職場のうわさ話とかが逆に楽しい。  突如、何か連絡が入ったらしく、彼は一度私に謝ってから、スマホを耳に当てながら席を外した。  今日は、そういうつもりだよね?  プロポーズ、してくれるんだよね?  だとしたら私より友達を優先してほしくない。  電話の相手は友達とは限らないけど、この場で放って置かれると不安にしかならない。  心を落ち着けようと窓の外を見る。本当に素敵な夜景。海に掛かる橋のライトと、そこをひっきりなしに行き来する車のライトが慌ただしい。その上には満月を過ぎ欠けた月が煌々と水面を照らしている。空にあって変わらないもの。なんだか時間が止まったような感覚になる。  ふと、スマホのファイル共有アプリの通知音が鳴った。入れた覚えもないアプリからのものだったが、焦って受け入れてしまった。  送られてきたファイルは画像で、そこには、どこかのラウンジらしきところで近い距離で談笑している彼と知らない女が写っていた。メガネはかけているが、そこに映ってるのは間違いなく彼だ。  思わず周囲を見渡す。この手のアプリは近くから強制的に送ってるはず。  送ってきたのはここに写ってる女性だろうか?私と彼を引き離すために。  しかし店内は暗いし、金曜の夜ということで結構多くの客がいる。待ち合わせと思われる女性一人のテーブルもあるが特定は出来ない。  でも。  写真一枚からでも、明らかに二人が特別な関係だということがわかる。友達と飲み会だなんて言っておいて実際にはこんなお洒落な場所で女と会ってたってこと?  信じられない。  間もなく、彼が帰ってきてやや機嫌悪そうに席に着く。 「ごめん、身内から…」 「ほんとに?」 「何?どうしたの?」  私は黙って、今送られてきたばかりの画像を彼に見せた。  彼は一瞬動揺したようだったが、すぐに大きくため息をつく。 「それ、兄貴と嫁さん」 「え?嘘!」 「ほんと。年は違うけど似てるからよく間違えられるんだ。今だってその兄貴から電話だったんだよ」  彼の方も私にスマホの着信履歴を見せてきた。  一番上には同じ苗字の彼ではない男性の名前が載っている。それ以外も履歴のほとんどは男性名前ばかりだ。  顔が真っ赤になる。  とたん、彼が噴出した。 「こんなの見たらしょうがないよな。どうしたの?これ」 「わかんない…突然送られてきて…」 「怖いな。あ、…ごめん、不安にさせた?」 「……」  テーブルの向こうにあった彼の手が私の目にたまった涙をぬぐってくれた。  そして、姿勢を正してから、テーブルの下から小箱を出した。 「俺は、君しか考えられない。結婚しよう」  いつもの明るい彼からの静かなプロポーズに、私はせっかくぬぐってくれた涙をまた溢れさせ、その申し出を喜んで受け入れた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加