帰り道

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バイト帰り。 いつもの道も、夜になると姿を変える。 すぐ側の大通りには、23時の今だってたくさん車が走っていく。 背の高いビル達の灯りが、うっすらと夜道を照らしている。 おかげで、足元は夜でも見やすいし、綺麗に晴れた夜空に星の輝きは見えない。 ただ、月がぽっかり、嘘物みたいに浮かんでいた。 車がビュンビュンと行き交う大通りの反対側には、静かな公園がある。 最近、帰り道にそこでブランコに乗るのが、私の流行りだった。 公園に入って、奥のブランコを目指して歩いていくにつれ、騒がしい音が遠ざかっていく。 すぐ近くに大通りが見えるのに、不思議だった。 ブランコに乗った。 特に大きく漕ぐことも無く、地に足付けたまま、ゆらゆら揺れた。 「おねえちゃん。」 突然、隣から幼い声が聞こえた。 幼い頃の、私が、隣のブランコに座っていた。 幼いわたしは、隣にいる私を大きくなった自分だとは思っていないようだった。 思いっきり、上半身も足も動かして、大きくブランコを漕ぎ始めた。 無邪気な目をしていた。 声を掛けてみた。 「こんな夜遅くにどうしてここに?」 「夜遅く?まだ3時でしょ?おねえちゃんこそ、どうしたの?疲れた顔してる。」 「……バイトが、終わったところだからね。」 「はたらいてるの?おしごと?」 「仕事…。さぁ、たぶん、ね。」 「たぶん?おねえちゃんのことなのに?」 「分からないんだ。自分のことがわからない。自分が何なのかわからなくなったんだ。」 「まいごになっちゃったってこと?」 「…そうかも。」 「それは大変!!おねえちゃん、自分の名前も分からなくなっちゃったの??」 「それは、わかるよ。」 「お父さんとお母さんのこと、分からなくなった?」 「ううん、わかる。」 「じゃあ、おうちの場所?」 「それも、わかってる。」 「……なぁんだ、おねえちゃん、ちゃんと自分のこと、分かってるじゃん。 ちゃんと、帰れるね。」 隣を見た。 幼い頃のわたしは、ブランコを降りた。 月の光が照らすその眼は、星のように輝いていた。 けれど、この子は太陽の昼にいるのだろう。 「あ、お母さんだ!」 あっという間に走っていったわたしを目で追いかけた。 ブランコから離れていくにつれ、その体は薄くなっていった。 遠くにぼんやり、わたしを迎えに来た母が見える気がする。 おかあさん、おとうさんの誕生日ケーキ、ちゃんとないしょになってる? わたしが母に飛び付いたところで、2人とも見えなくなった。 私も、ブランコを降りた。 公園を出た。 大通りの騒がしさが、私を出迎えた。 夜空を見上げた。 今度見た月は、本物に見えた。 そのまま星を探してみたら、ひとつだけ、輝く北極星に気がついた。 それから、私は家に帰った。
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