パートナー

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 パウロは年老いた犬だ。昔は普通に歩けた。だが、今はあまり歩けない。衰えたからだ。いつまでパウロの体はもつのか。誰もが気にしていた。  パウロは盲導犬だった。盲導犬は目の見えない人の目となり、一緒に歩くのが仕事だ。パウロは生まれた時から盲導犬として育てられた。そのため、自由な生活を送れなかったものの、大好きな人と一緒に歩ける事が何よりの楽しみだった。だが、衰えた今では、もうほとんど歩けない。ただただ、流れる四季の風景を見るだけだ。  パウロの人生は、小野万里香(おのまりか)という女性とともにあった。万里香は生まれつき目が見えない視覚障害者で、不自由な毎日を送っていた。そんな中、パウロは万里香の盲導犬としてやってきた。パウロは一緒に歩ける事がとても嬉しかった。  初めてやって来た時の事は、今でも覚えている。春風が吹く穏やかな日、みんな笑顔で迎えてくれたあの日、そして、万里香に撫でてもらったあの日、忘れる事ができない。これからこの家で暮らすと思うと、とても嬉しかった。そんな日がいつまでも続けばいいと思っていた。 「この子が新しいパートナーです。パウロと言います」  それを見た万里香の父は、パウロの頭を撫でた。パウロは嬉しそうだ。ここに来てよかった。心の底からそう思った。 「パウロ、今日からよろしくね!」  目の見えない万里香だが、目の前にこれからパートナーとなる盲導犬が見えるようだ。母の助けを借りて、パウロの頭を撫でた。これからこの人と一緒に歩くんだ。 「かわいい!」  万里香の妹は喜んでいた。盲導犬だけど、まるで家にやって来たペットのようだ。とてもかわいらしい。 「これで安心して歩けるね」  万里香はほっとした。これで安心して歩ける。行ける場所がどんどん広がりそうだ。 「よかったよかった」  それからパウロは、万里香と一緒に歩くのが日課になっていた。時には市役所、時には公園にと、パウロのおかげで安心して行ける範囲が増えた。これで以前より自由になれた気がする。  ある日、万里香はパウロとともに公園に行く事にした。公園に行って、心地よい風を感じたいと思ったからだ。 「パウロ、行こうか?」  その声を聴いて、パウロは万里香の元にやって来た。一緒に歩けるので、嬉しそうだ。  玄関までやってくると、両親が見送ってくれた。目は見えないものの、雰囲気でわかった。 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」  そして、万里香とパウロは公園に向かって歩き出した。公園へは地下鉄に乗って向かう。普通、地下鉄にペットは、かごに入れないと乗れない。だが、盲導犬は別だ。 「万里香さん、いい人だな。もっと一緒にいたいな」  パウロは心の中で思っていた。万里香の姿を見て、パウロは一目ぼれした。この人と一緒に歩けるなんて、幸せだな。こんな日々がずっと続けばいいのに。  万里香とパウロは地下鉄の階段に差し掛かった。その前で、パウロは立ち止まる。この先に階段がある。目が見えないから、注意しなければならない。 「ここはここで止まるんだな」  パウロが立ち止まったので、この先には段差があるんだと思った万里香は、気をつけて歩いた。やはりここから先は階段だ。気を付けて進もう。  万里香とパウロは地下鉄のホームにやって来た。ホームにはホーム柵があるので、対策はしっかりしている。万里香とパウロの様子を見ている人もいる。盲導犬を連れている人が珍しいと思っているようだ。  しばらく待っていると、地下鉄がやって来た。万里香は構内放送と電車が近づく音でわかった。電車と連動してホーム柵のドアが開く。 「よし、電車のドアが開いた」  万里香とパウロは電車の中に入った。電車の中はそこそこ混んでいて、座る場所がない。だが、視覚障害者だとわかった人が、優先席を譲った。 「ここに寝そべろう」  パウロは優先席に座った万里香の足元で寝そべった。隣の人は、パウロを珍しそうに見ている。 「みんな見てる。みんな見てる」  10分ぐらい乗って、万里香とパウロは公園の最寄りの駅に着いた。駅にはそこそこ降りた人がいる。万里香とパウロは改札に向かって歩き出した。万里香は有人改札で切符を渡して、構内を出た。公園を出ると、すぐに公園だ。あと少しだ。頑張ろう。 「公園はこっちだったな」  地下鉄の階段を出てすぐ、万里香とパウロは公園にやって来た。公園には心地よい春風が吹いている。とても気持ちいい。  万里香はベンチで一休みをした。パウロは足元で寝そべって、遊んでいる子供たちを見ている。この子供たちは、普通に遊んでいる。万里香はこんな風に遊べないんだな。悲しいな。 「いい天気だね」  万里香は心地よさそうに春風を感じている。  1時間過ごした後、万里香とパウロは家に帰ってきた。家では、両親が不安そうに見ている。パウロはちゃんと万里香の目となっているだろうか? 「ただいまー」  家に帰ると、両親が迎えている。両親は笑みを浮かべている。行けた事を喜んでいるようだ。だが、その笑顔を万里香は見る事ができない。 「おかえりー、パウロもよく頑張ったね」  万里香の母はパウロの頭を撫でた。パウロはとても嬉しそうだ。もっと万里香と歩きたいな。  だが、そんな日は突然終わった。新しい盲導犬とともに歩く事になったからだ。寂しいけれど、盲導犬としての定年を迎えた。これは逃れる事はできない。だが、パウロにはそれがわからない。これからも一緒にいれると思っていた。 「パウロ、今までありがとう。新しいパートナーと一緒に歩く事になったからね」  パウロは驚いた。まさか、別れるなんて。あんなに仲良しだったのに。どうして。寂しいよ。 「じゃあね、パウロ」  そして、パウロは盲導犬のハーネスを外され、住み慣れた家を出ていった。家族全員、見送っている。10年以上も一緒にいたパートナーと別れるのは、寂しいんだろう。 「さようなら」 「さようなら」  そして、パウロは小野家を離れていった。パウロは寂しそうだ。これからどこに行くんだろう。全くわからない。  それ以来、パウロは老犬ホームで暮らしている。衰弱してなお、再び歩きたいと思っている。だが、もう歩けないだろう。 「寂しいよ・・・。また一緒に歩きたいよ」  そして、パウロは目を閉じた。明日は、どんな日になるんだろう。全くわからない。だけど、いい日だったらいいな。 「パウロ、久しぶり」  その声に反応して、パウロは顔を上げた。だが、そこは老犬ホームじゃない。小野家だ。目の前には万里香がいる。だが、万里香の目が開いていて、まるで見えているようだ。見えるようになったんだろうか? 「また歩こうね」  それを聞いて、パウロは喜んだ。再び万里香と歩ける。そう思うと、自然に体が動く。どうしてだろう。 「寂しかったでしょ?」  万里香はわかっていた。パウロは寂しい日々を過ごしていた。だから、一緒に歩けば元気になるかもしれない。 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」  そして、万里香とパウロは公園に向かった。2人とも、とても嬉しそうだ。またこんな日が来るとは。  万里香とパウロは公園にやって来た。公園はいつものように子供たちが遊んでいる。とても穏やかな時間が流れている。こんな時間が永遠に続けばいいなと思っている。 「やっぱり公園は落ち着くね」  数十分休んだ後、万里香とパウロは公園を後にして、地下鉄に向かった。階段などでの段差では止まり、ホーム柵の前で電車を待つのが普通だったが、止まらずにそのまま進む。やはり、万里香は見えるようになったようだ。  しばらくホームで電車を待っていると、電車がやって来た。電車がやってくると、ドアとホーム柵が開く。万里香とパウロは一緒に電車の中に入った。だが、中には万里香とパウロ以外、誰もいない。どうしてだろう。  電車が発車した。だが、それと共に、光が差してくる。その先にもトンネルが続いていたのに。どうしてだろう。 「この電車、どこに行くのかな?」  パウロは心の中で思っていた。いつもと違う。電車はやがて地上に出て、光のレールの上を走っていく。その下には、小野家も見える。電車はどんどん空へ昇っていくようだ。まさか、この電車は天国に行くんだろうか? これは夢だろうか? それとも現実だろうか?  そして電車は、天国に着いた。そこには天使がいる。その時初めて思った。自分は死んだんだ。大好きな万里香と共に、天国に行ったんだ。 「えっ、天国?」 「パウロ、これからはいつまでも一緒だよ」  そして、万里香とパウロは天国に降り立った。  パウロは知らないが、万里香は数年前に死んでいた。死ぬ直前までパウロの事を心配していたという。そして、パウロもこの日、息絶えた。
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