魔女の肉片とガラス片

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魔女の肉片とガラス片

 数日後、ヨシタカは再び鳴里教授の部屋で会うことが出来た。 「ないね」  魔女の呪いを解く方法を聞かれた鳴里教授は、大きく足を組んで言った。 「絶対にありませんか?」 「呪ってください。やっぱり止めてください。そんな都合の良い話はないだろ。下手をすれば呪いが倍返しだ」 「そうですか……」  ヨシタカがあまりにガッカリしたので、鳴里教授は気の毒に思って知恵を搾った。 「なくはないかもしれない」 「え?」  ヨシタカが期待を込めた視線を鳴里教授に向ける。 「これはあくまでも私の仮説だが、魔女も元は人間なのだから、懇願すれば聞いてくれるんじゃないだろうか」 「魔女の心変わりに期待するってことですか」 「そうだ。魔女に人の心が残っているのならね」 「人の心……」  人の心ほど、あやふやで当てにならないものはない。  不破ミチルに憑りついた魔女を思い出すだけで、ヨシタカは身震いしてしまう。  とても信じられないが、元が人間なら、試す価値はあるのだろうか。 「必死に頼めば通じるんじゃないか? もしくは代償を差し出して交渉するか」 「代償?」 「生贄でも出すとか」  黒ヤギのバフォメットがヨシタカの頭に浮かんだ。  それを見透かしたかのように「バフォメットはダメだ!」と、鳴里教授が声を上げた。 「そんなことはしません。出すとしても、他のものを考えます。ところで、粕谷スカヤという学生をご存知でしょうか?」 「まだ質問があるのか」 「要領悪くてすみません」 「まあいい。粕谷スカヤという学生を私は知らん」 「そうですか。この部屋に来たことがあるのかと思いました」 「どうして?」 「粕谷スカヤは、魔女の肉片を手に入れたかもしれないからです」  鳴里教授の背後には、あのガラス瓶が置かれている。  粕谷スカヤが魔女の肉片を手に入れようと思ったら、ここに来るしかないはずだ。 「ほお、私以外にそんな人間がいるのか。それも学生で」 「いえ。その人は、鳴里教授がお持ちになっているあの魔女の肉片を横取りしたかもしれません。これは私の仮説ですけど」 「そんなことはないはずだ。ここにちゃんとあるのだから」  鳴里教授は、訝しげに立ち上がると、ガラス瓶のところに行った。  ヨシタカも、立ち上がると近くに見に行った。  液体の中に、3センチ角のいびつな肉片が浮いている。 「一部欠けているとか、形が変わったとか、何か異変はありませんか?」 「ないと思うけどなあ」  鳴里教授は、ガラス瓶を真剣に見つめた。  ヨシタカは、足元に光るものを見つけた。 「ここに何か落ちています」  身を屈めてよく見ると、ガラスの破片だった。 「ああ、それは、先日ガラス瓶を割ってしまって、掃除したのだが見落としたのだろう」 「魔女の肉片の入ったガラス瓶を割ったんですか?」 「ああ、そうだよ」 「大事な物なのに、扱いがぞんざいですね」 「落としたのは、私じゃない。学生だ。掃除をしていて、過って落とした」  鳴里教授は、怒っていない。粗相をした学生に対しても優しい。 「ガラス片を取り除きますね」 「危険だからいいよ」 「いえ、大丈夫です。私はバーテンダーのバイトをしていて、割れたグラスをよく片付けています。いつものことです」  慣れた手つきでガラスの破片を拾い上げると、手のひらに乗せて観察した。   かなり厚めのガラスは、底部分のようだ。 「ガラス瓶は取り換えたんですか?」 「ああ、粉々になったから。空いている瓶に移した」 「その時、魔女の肉片を直接触りましたか?」 「いや、さすがに直には触らない。ビニール手袋を使った」 「中の液体って、何が入っているんですか?」 「アルコールだよ」 「ホルマリンじゃないんですね」 「今どきはホルマリンを使わない。それでも、ぶちまけて、二、三日は臭くて大変だったよ。臭いが抜けるまで部屋に入れなかった。ホルマリンよりはだいぶマシだけど。あっちは毒物だからな」  鳴里教授は、アルコールからヨシタカのバイトを想起した。 「バーテンダーのバイトって、どこでやっているんだ?」 「新宿二丁目のバー・七ツ矢です。いらしてくれたら、サービスします」 「いいのか? 今度行くから」  意外にも乗り気であった。
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