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鳴里教授は、魔女の呪いと関係なかった。
そうなると、ここは協力を仰いだ方が良い。
日本において魔女の知識はトップクラス。仲間に入れて損はない。
そのためには、正直に打ち明けることが大切だろう。
「鳴里教授、お願いがあります」
「んあ?」
鳴里教授が、半分閉じそうな酔っ払いの目をヨシタカに向ける。
「不破ミチルさんは、現在困難な状況に直面しています。このままでは命の危機にあります」
「ホワア……」
寝ぼけているのか、よく分からない相槌を打つ。
「全身が腐っていく難病に悩まされているんです。鳴里教授から見て、これって腐敗の魔女の呪いに掛かっていると思いますか?」
「腐敗の魔女?」
「そうです」
「それは、興味深いな」
鳴里教授は、好きな話題が出た途端、酔いが醒めてシャキンとした。
舌鋒鋭く切り込んでくる、論戦好きな教授の顔である。
「詳しく話を聞かせてくれ」
ヨシタカは、ミチルの体に表れた異変と、霊視で視た魔女について説明した。
「君は霊視が出来るのか」
「はい」
「怖いぐらい凄く当たるんですよ」
ミチルが口を挟む。
「にわかには信じがたいな」
「承知しています。こればかりは、口で説明できるものではありません。自分で体験して、ようやく理解の入口に立つようなもんです」
鳴里教授は、頷いた。
「よく分かるよ。魔女の存在だって、簡単に信じてはもらえない」
「話が早くて助かります」
「いや、待て。だからと言って、その話を信じるのは違う。宗教だって、キリストでもモーゼでも、信者には奇跡を体験させている。それもなく、神を疑うなと頭ごなしに押し付けてきたら、それは似非だ」
宗教学の教授らしい弁論だ。
「私を霊視できるか?」
「教授を?」
「そうだ。私の公式プロフィールは、大学のホームページに公開されている。それ以外で私について当てられたら信じてやろう」
「分かりました」
人の話を鵜呑みにせず、真偽を検証するのはさすがと言えよう。
ヨシタカは、霊視を始めた。
「……」
鳴里教授のプライベートは、ひたすら本に向かっている。これを説明しても、当てずっぽうでいけると言われてしまう。
そこで、本人の記憶が残っているぎりぎりの時期まで遡った。
数分後、目を開けたヨシタカに、「何が視えた?」と、鳴里教授は、余裕の表情で訊いた。
「鳴里教授は、子供の頃、とても我儘でいつも癇癪を起して駄々をこねて両親を困らせていました。その割には怖がりで、夜中に目が覚めると、暗闇が怖くて怖くて、震えて目をつぶっていました」
「ほうほう。しかし、どの子でもありがちだ」
予想通り、信じない。
「すみませんが、ここからは封印された記憶の扉をこじ開けさせていただきます」
「ちょっと怖いな」
鳴里教授の顔がこわばる。
「思春期になると、好きな人が出来ました。なんとか振り向かせようと、わざとその人の前で転んで、本当に膝を擦りむきました。するとその人が保健室まで連れて行ってくれて、まんまと作戦成功。交際することになりました」
「な、何でそこまで……」
「恋バナ、面白ーい! 教授、可愛いー!」
鳴里教授は、唖然とした。
ミチルは、他人の恋話を夢中になって聞いている。
「その後、鳴里教授はあっさりとその人を振りました。その理由ですが……」
鳴里教授は、慌てて遮った。
「も、もういい! それ以上は言わなくていい!」
「え、ええ、気になる! 気になる! 話を途中でやめないで!」
異議を唱えたのはミチルだ。
「教えて! このままじゃ、気になってしょうがない!」
「大したことじゃない」
「じゃあ、教えて!」
「一番重要な鍵になる部分ですから、教授だけにお伝えします」
「えー! いやあ! 私も知りたい!」
「分かったよ。聞いたら、即忘れるんだよ」
「うん! 誰にも言わないです!」
ミチルのしつこさに根負けして、鳴里教授は許可を出した。
「彼の部屋に遊びに行った時、彼が中学生になってもおねしょをすると知ったからです」
「へえー」
「黒歴史だ。消したい記憶だ」
鳴里教授は、頭を抱えた。
「彼の名誉のために、名前は伏せておいてくれ」
「分かりました。一生誰にも言いません」
「ちなみに、現在の彼はどうなっているか分かるか?」
「結婚して、幸せに暮らしています」
「あの時、私が振って傷つけてしまったと、ずっと気になっていたんだ」
「しばらくはショックを引きずっていたみたいですが、今は吹っ切れていますよ」
「そうか。良かった」
安心した鳴里教授は、優しい乙女の表情であった。
「鳴里教授は、別れた本当の理由を誰にも言わなかったんですよね。悪者にされても受け入れて」
「そうだったな」
照れくさそうだ。
「よく当たっていた。私は、本当にこのことを誰にも話していない。リサーチしたところで、出てくることじゃない。君は本物だ」
鳴里教授は、ヨシタカの霊能力を信じた。
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