ガラス片の記憶

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ガラス片の記憶

 ヨシタカとミチルは、翌日になって研究室を訪ねた。詳しく話をしたいから時間と場所を変えよう、明日研究室まで来るようにと、鳴里教授に言われたからだ。  もう一度研究室に行けることは、ヨシタカにとって願ったり叶ったりである。そこで確かめたいことがあった。  三人がソファに座って向かい合うと、鳴里教授はミチルに言った。 「そちらのお嬢さん……」 「不破ミチルです」 「ミチルさん、包帯の下を見せて貰ってもいいかな」 「はい。どうぞ」  ミチルが腕の包帯を外して患部を見せると、鳴里教授は、手に取ってじっくり観察した。 「内側から腐っている。ばい菌感染が原因じゃないな」  ヨシタカが補足する。 「私の霊視でも魔女が出てきました。腐敗したような顔つきの魔女でした」 「なるほど。これは腐敗の魔女による呪いの可能性が高い」  鳴里教授は、実際に見てようやく納得した。  ミチルは、哀しい目をした。 「いずれ全身に広がって、私の体は死を迎えてしまいます」 「そうなる前に、食い止めてあげたいんです」 「そうだな。私も同感だよ。君のような若い女性が苦しむ姿は見たくない」 「では、どうすれば魔女の呪いが解けるか協力をお願いします」 「それについては、私ももう一度、何かのヒントがないか昔の文献を調べ直してみた。一案として、他人に呪いを移すことで祓えるようなんだ」 「でも、そうなると今度はその人が犠牲に……」 「魔女の呪いを掛けた犯人に返してやるのはどうだろうか?」 「魔女の呪いを掛けた犯人⁉」 「そうだ。自然には呪われない。必ず誰かが何かをしている。それなら自業自得だ。そう思わないか?」  ヨシタカとミチルは、粕谷スカヤしかいないと同時に考えた。 「それなら、犯人に心当たりがあります」「私も!」 「例の粕谷スカヤという学生だな」  ヨシタカは、満を持して提案した。 「鳴里教授、ここで霊視させてください」 「ここで霊視?」 「そうです」 「なぜだ?」 「なぜって。ダメなんですか?」 「ああ。ここは神聖な私の研究室だぞ」  二つ返事で承諾してくれるものだと思っていたが、甘かったようだ。 「お願いします! この場所で霊視をすれば、精度が高まります」 「私を説得したいのなら、その論拠を述べよ」  大学教授らしく、論拠を求めてくる。 「粕谷スカヤは、魔女の肉片を手に入れるため、絶対にこの部屋に入っています。そうでなければ、魔女の呪いを掛けられるはずがないんです」 「論拠としては薄いねえ。前にも言ったが、粕谷スカヤという学生を私は知らない。知らない男がここに入ることは一切ない。それに、魔女の肉片に異変はなかった」  ここで引き下がるわけにはいかない。頑なに否定する鳴里教授に負けじと反論した。 「本当にそうでしょうか?」 「何?」 「ここで何かが起きたはずです。粕谷スカヤ本人がここに入らなくても、誰かに頼んだってことはありませんか?」 「私のゼミ生しかここには入らない。誰がそんな泥棒のようなことに協力するというのだ」  鳴里教授は、自分の学生を信じている。  ヨシタカは、先日拾ったガラス片をポケットから取り出した。 「これは、ここで拾ったものです」 「まだ持っていたのか」 「確か、学生がうっかり落として壊れてしまったと言いましたね?」 「ああ、そうだ。誰でもうっかりはある。何も悪くない。犯人扱いするから、名前は教えられない」 「教えてくれなくて結構です。その代わり、これを霊視させてください。研究室じゃないからいいですよね?」 「まあ、それならいいか」  鳴里教授は、しつこいヨシタカに辟易して渋々承知した。 「ありがとうございます。では、霊視します」  ヨシタカは、手のひらに乗せたガラス片に精神を集中した。 「……」  ガラス片の記憶が脳裏に浮かび上がる。  ――魔女の肉片がアルコールの中で浮いている。  ――ガラス面に反射している男の顔。  ヨシタカは、その顔に見覚えがあった。  ――男がガラス瓶を手に取ると、床に叩きつけて粉々に砕け散った。  ――飛び出した肉片には手を付けず、ガラス瓶にわずかに残ったアルコール液を注射器で吸い取った。  ヨシタカは、霊視を終わらせて目を開けた。 「犯人が分かりました」 「本当に?」 「知っている人だった?」 「知っている男でした。そいつが何をしたかも、全部分かりました」 「それは、一体、誰?」 「粕谷スカヤでした」  ミチルは、やっぱりという顔になり、鳴里教授は、息を飲んだ。
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