盗聴器

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盗聴器

「それは本当なのか?」 「粕谷スカヤは、わざとガラス瓶を壊し、注射器でアルコール液を吸い取っていました。肉片には手を付けていませんでした。魔女の肉片のエキスが溶けたアルコール液にも、同様の効果があるんですよね? 粕谷スカヤは、それを料理に混ぜて彼女に食べさせたんです。ミチルさん、粕谷スカヤの写真を鳴里教授に見せてあげて下さい」 「はい。この人です」  ミチルがスマートフォンの写真を鳴里教授に見せる。 「見覚えありますか?」  鳴里教授は、それを見て驚きの顔をした。 「知っているんですね」 「ああ、でも名前が違う。彼の名は岳渕雄介。粕谷スカヤじゃない」 「これでハッキリしました。粕谷スカヤは偽名です」 「偽名⁉」 「ああ、そうです。常岡泰都というゼミ生がいますよね」 「ああ」 「彼に粕谷スカヤについて訊いた時、友人がその名前を口にしていたと言っていました。さらに、大学に来ていないとの情報を教えてくれたそうです。その友人というのが岳渕雄介で、彼は架空の人物粕谷スカヤを友人に話していた、ということでしょうか」 「可能性は高いな」 「そんな……。私、そこまで騙されていたの?」  ミチルが尋常じゃないほど青ざめる。 「彼とはどこで知り合ったの?」 「トーヨコ」  トーヨコとは、新宿歌舞伎町の裏路地のことで、若者たちのその場限りの出会いの場となっている。そこでは、お互いのことを詮索しないことが不文律だ。 「そこで出会ったら、むしろ、本名を名乗ることはないよね」 「でも、彼は学生証を見せてくれた」 「名前は確認した?」 「いいえ。大学名だけは見たけど、すぐに仕舞われちゃった。お互いにウソはなしにしようって言うし、そこまで明かしてくれるなら信じようって思って、私も生徒手帳を見せたの」  ミチルは、騙されたと知って肩を落としている。  ヨシタカは、鳴里教授に頼んだ。 「岳渕雄介をここへ呼び出すことは可能ですか?」 「やってみよう」  鳴里教授は電話を掛けた。  暫く呼び出したが、一向に出ないので諦めた。 「私からの電話に出ないなんて信じられない!」  馬鹿にされた気がした鳴里教授は、憤った。 「気づいていないとか?」 「今どきの大学生にとって、スマホは心友。講義中だろうが、図書室だろうが、片時も離さず持ち歩いて、常に通知を気にしている」  鳴里教授は、学生の生態に人一倍詳しい。 「ミチルさん、念のため、君からも電話を掛けて確かめてくれる?」 「ええ」 「もし繋がったら、ここに呼び出して欲しい」 「分かりました」  ミチルは、粕谷スカヤの電話番号を暗記していてリズムよく入力した。  しばらくスマホに耳を当てていたが、こちらも繋がらなかった。 「私も繋がらない」 「おかしい……」  ここまで電話に出ないものだろうか。 「もしかしたら……」 「何か心当たりがあるのか?」  ヨシタカは、人差し指を口元に当ててシーとした。  それから、タブレット型コンピュータを取り出して筆談を始めた。 『この部屋に盗聴器が仕掛けられているかもしれません』  鳴里教授は驚いて、キョロキョロと周辺を探したが見つからなかった。 『分からない。本当にあるのか?』 『こうなったら常岡泰都に協力を仰ぎましょう。彼なら岳渕雄介を呼び出せるはずです』 『分かった』  鳴里教授は、今度は文字で、岳渕雄介と一緒にここへ来るよう連絡した。 『すぐ来る』 『待ちましょう』  小一時間で常岡泰都がやってきた。 「教授、なんの用ですか?」 「岳渕君は?」 「それが、連絡をとれませんでした。電話を掛けても応答しないし、一応探しましたが、もう帰宅したみたいで構内にはいませんでした」  やはり、ここの会話を盗聴して逃げたようだ。
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