ぼっちの小路

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ぼっちの小路

 時計を見ると、次の講義まで1時間ほどある。 「いつもの所を歩くか」  大学構内は広く、考え事をしながら散策する場所には困らない。  芝生の上で休んでも良いが、ちょっとした空き時間が出来ると専ら利用しているところがあった。  林を通り抜けながら構内を一周する曲がりくねった小路で、「哲学者の小路」と呼ばれているところだ。  虫と鳥の声は聴こえてくるが、人の声は遮断される。視界を遮り、静かで、思考を巡らせるにはもってこい。  ゆっくり歩いても1時間ほどで一周できる。大学の講義は一コマ70分だから、休講の時など丁度良い。  他の学生は、ちょっとした空き時間が出来ると、友人と集まって談笑したり、カフェでティータイムしたり。しかし、お金がなくて友人もいないヨシタカにとっては、どちらも無縁。  この小路は、お金が掛からず、人目を気にせず、運動不足解消にももってこいなのだ。  歩いていると、同じような学生も散見されて、仲間意識も生まれて寂しくない。  誰もが難しい顔で他人の邪魔をしないよう静かに歩いている。頭の中では、何かしら考えているのだろう。  傍から見ると、その様子がとても不気味らしく、最近は「ぼっちの小路」とか、「ゾンビの小路」とか、不名誉な呼ばれ方をしている。しかし、何と呼ばれようとこの快適さは手放せない。  ここを歩いて、先ほど得た情報を頭の中で整理することにした。 「しかし、噂通りの変態教授だった。腐敗の魔女か。とても気になる」  変な独り言を口にしながら歩いていても、ここでは誰も奇異な目で見てこないからのびのび出来る。 「不破ミチルは、元カレからDVを受けていた。そのために不破ミチルは別れ話を切り出したが、元カレは、なぜか自分の手料理を食べたら別れてやるといった。ここがとても変だ。なぜ、別れたがっている女にわざわざ手料理を御馳走したのだろうか。引き留めるためなら分かる。しかし、食べれば別れると言い、事実、素直に別れた。そんな物わかりのいい事があるだろうか」  ヨシタカは、軽くジャンプした。  この小路は、日当たりが良いとは言えないので、所々、ぬかるんでいることがある。そのため、踏まないように避ける必要がある。  歩き慣れたヨシタカは、どこに何があるか覚えていて、無意識でも体が自然と反応する。  後方から「アウ!」と、変な声が聴こえてきた。振り向くと、ぬかるみに足を突っ込んだ学生がいて、泥だらけのスニーカーに呆然としている。  ヨシタカも最初の内は何回か同じ目にあった。  思考の達人になると、そんなことにも気づかずに歩き続けて、小路を出てから周囲の人の指摘で、初めて泥だらけになっていると気づいたりするものだ。 (あれは落ちないな。お気の毒に)  心の中で合掌した。
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