紅時雨

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紅時雨

 散っていく。散っていく。儚き命が散っていく。  そこにはもう誰も居ない。人であった物が残されて、牙と目だけがこちらを狙う。  助けるとも、助けるとも、鬼に人は救えない。どうしようとも、鬼に命は守れない。  花を……花を……手向けの花を……。  されど地獄の蔓延るこの世には、手向けの花など咲きはしない。  数多の命が散りゆくも、誰も花を添えはしない。誰も墓を立てはしない。  花を……花を……どうか……。  美しい花ほど散ってしまう。早く儚く散ってしまう。  あの、春の花のように……。  しかし、だからこそ美しく、尊いと言うのなら……。  もし、そこに花が咲くのなら……。ほんの僅かでも……確かな花が、そこに咲くと言うのなら……。  瞬き裂かせよ、その花を。  せめて、苦しむことの無いように――。  裂いて、裂いて……咲き誇る。儚き短き花が散る。  春も来ぬのに咲き乱れ、梅雨も来ぬ間に散っていく。  梅雨も来ぬのに降り続け、土砂の降る中で花が咲く。  されど――降っても降っても芽は吹かぬ。晴れても晴れても泣き止まぬ。時雨のような鬼心。  咲いても咲いても春は来ぬ。時雨のような鬼心――。  美しい花ほど散ってしまう。早く刹那く散ってしまう……。  されど……。  真の命であるからこそ、永久で無きと言うのなら――。  雨と共に咲く花よ。瞬き散りゆくその花よ。  どうか命の手向けなれ。
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