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「嫌っ!恭介さん、小夜子は恭介さんと共に…最期の時までお傍におります!」
私は、恭介の手を取った。恭介は、崩れ落ちた家の柱や瓦礫の下に体の半分を挟まれて身動きがとれずにいる。
「小夜子、君は生きなきゃだめだ…早くここから離れて。ここも時間の問題だ…行くんだ…」
「嫌です、嫌っ…恭介さん…」
恭介は、聞き分けのない子供を相手にするかのように優しく微笑んで、涙で濡れた私の頬をそっと撫でた。その温かくて大きな手は、煤で汚れて真っ黒だが、私はその愛しい手に自分の手を重ねて頬擦りする。
私の視界は涙で霞んだ。
もっとちゃんと、恭介の顔を見ていたいのに…
「生まれ変わったら、全力で君を探すよ。…君は寿命を全うして、それでまた……っく…小夜子…愛してるよ」
恭介は私の顔を自分の顔に寄せて、涙で汚れた私の頬に、それから唇に優しく口づけして「行け!」と、私の体を力強く突き飛ばした。
「きゃっ」
私はその勢いで体勢を崩す。
パチパチと木材の水分が炎の熱によって弾ける音と共に、熱風が辺りを包みこむ。屋根や柱が崩れる音がして、炎がすぐそこまで迫っていた。
熱い…嫌だ…恭介さん…
私は体を起こして、急いで恭介の元へ戻ろうとした。だが、恭介の最期を悟った優しい別れの微笑みが、みるみるうちに崩れ落ちてきた瓦礫で遮られる。
「恭介さんっ!恭介さん…嫌…嫌よ…いやぁーーーー…」
泣き叫ぶ私の声が届いたのか、すぐに男が二人助けに来た。
そして「お嬢さん、ここは危ないから…」と、恭介の元に戻ろうとする私を強引に外へと連れだした。
「そこに、恭介さんが!夫が……」
私は担がられながらジタバタと暴れて訴えた。
「もう火の手が回ってる…手遅れだ」
煤まみれの顔をした男の一人が、申し訳なさそうにそう言った。
私はうっすらと積もった雪の上に座り込んで、燃え盛る建物に向かって泣き喚いた。そして大きな音と共に、目の前の建物が崩れ落ちる。
「うわぁぁーー…」
私は天を仰いだ。
ハラハラリと大粒の雪が躍るように降っていた。その大粒の雪は、私の顔に降りては溶ける。
雪降る夜なのに、大きくてまんまるなお月様が空から事の始終を見つめていた。
「恭介さん…小夜子もあなたを愛しています…小夜子の心はあなたのお傍に…」
私は天に向かって、月に向かって手を伸ばした。
お月様、私の想いを恭介さんに届けて…
私の心は永遠に恭介さんと共に…
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